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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第54話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その15

「北方遠征、か…」

 王はつぶやいた。

 先程まで安定した印象だった王の視線が宙を泳いでいるようにも見える。

 当主たちも大僧正も身を固くして沈黙したままだった。

 その言葉は決して禁句ではないのだが、長い時を経てそれが再び現実味を持って語られると、やはりそれには衝撃が伴うのだった。

「その、前の北方遠征なのだが…」

 王の声も(かす)かにうわずっている。

「そなたの父上の指揮であったな?堅柳宗次よ」

「はい。二十八年前、わたしの父である(けん)(りゅう)(むね)(さだ)によって指揮されておりました」

 王は思い出したように目を開いた。

 彷徨(さまよ)っていた視線が再び焦点を取り戻したようだった。

「そうだ。覚えておるぞ。わしも今よりか随分と若かったがな。まだ王位に就いてさほど年数も経たぬときだった。お主の父親とは親しくてな。今よりかは頻回に家門会議も開かれておったし、その北方対策やらでお主の父は長くこの城にとどまって仕事をすることも多かったからな。そのときお主はまだ子供だったのではないか?」

「そうです。覚えていて頂き、ありがとうございます。父も光栄に思っていたでしょう。ただ御存知の通り、父は先の第三次北方遠征において討ち死にしてしまいました」

「そうであったな。残念なことであった」

「敗戦の原因はいくつかあるかとは思いますが、最大の原因は大軍勢を一気に動かせなかったことにあります」

「ああ。北の大崖があるからな。まとまった軍勢があれを超えるには北の大橋を渡るほかない」

「仰せの通りです」

「あのときはどうだったか…たしか北の大壁から綱を何本か降ろして、兵士たちを向こう側の橋に降ろしていく方法をとったのであったな」

「その通りです。非常に時間がかかる方法で、しかも敵に察知されやすい方法です」

「そうであるな」

「そのうえ、退却も極めて困難な方法でした。結局、父の率いた軍勢は北の森の中でいきなり迎撃され、総崩れとなって退却し、北の大橋まで戻ってまさに北練井にたどり着く直前に私の父も敵の矢に当たって討ち死にしてしまったのです」

「そうか。そうであったな…」

 依然として大広間には緊張した空気が流れ続けている。

 宗次は続けた。

「だがいま、北の大壁は開かれ、(いにしえ)の姿である北の大門へと戻っているとのこと。わたくしの得られた情報によると、その門は兵士たちが十列となっても通り抜けられるほどの大きさであるとのことです」

「そうなのか」

「そのような報告を受けております。ただ懸念されるのは、北方鎮守府が独自の判断でそれを再び封鎖しないか、ということです」

「北方鎮守府が?その、お主が言いたいのは、鈴之緒家が、ということか?」

「そういうことです」

 宗次は王を向いて座った姿勢であったが、ほんのわずかにじり寄るような仕草をみせた。

「彼らはいままでも北方遠征に関しては散々積極性に欠ける振る舞いをしてきました。いや、積極性に欠けると言うより王国に対する忠誠心に疑問を持たざるを得ない振る舞いです」

「おいおい」

 思わず王は鼻を鳴らして文句を言うような声を出した。

「堅柳家と鈴之緒家の反目は皆が知るところだぞ。前回の北方遠征に関しても、堅柳家としては鈴之緒家に言いたいことはあるようだな。非協力的だったとか」

「…それは否定できません。ただ現在の状況のみを考えても、彼らの勝手な判断で大門の再封鎖をさせるべきではありません。大規模な遠征の好機を逃すべきではないと考えます」

「だが、大門が開いている間にそこから北方の蛮族どもが攻め込んできたらどうする?」

 王は尋ねた。

 宗次は一度息をつくと改めて話し出した。

「まず我々に必要なのは、北方遠征、そして我らが神奈ノ国の防衛と両方の目的に適した軍隊を速やかに再編成することです。その尖兵に我ら堅柳家の軍団が立つ覚悟はできております。それに加え王国の直轄軍、そして各家門の軍で連合軍を形成するのです。そうなれば蛮族どもが大門を抜けて南下したとしても、どこででも撃退できます。地の利は我らにあります」

「ほう」

 王がまた自分の顎髭をなでる。

「しかしながら、さきほど王のお話にありました通り、蛮族どもが北の大門を抜けて侵攻を開始したという知らせは未だ届いておりません。今回の事態は彼らが意図したものでなく、蛮族たちもまた驚きと混乱のさなかにあるのかもしれません」

「…となると?」

「やはり北の蛮族より我らのほうがいち早く軍を整え、先手を打つべきと考えます。もちろん大門を抜けていち早く北へ渡る尖兵も我ら堅柳家が担う所存です。いままでもそうであったように」

「そうか…他の当主たちの意見は?」

 総麗王は大広間にいる八家門の面々を見渡した。

「わたくしめは堅柳家を支持しますぞ」

 手を挙げた当主がいる。

 (すう)禅寺(ぜんじ)家の当主、(たけ)(よし)だった。豪傑ぶりで知られる屈強な壮年男性である。

「もう前の北方遠征、堅柳宗貞殿の第三次遠征から三十年弱の時が流れております。この間に北の蛮族もより力をつけているかもしれない。ならば早くに叩いたほうが良いのが道理。それに今回は我々の処刑の儀式が妨害され、殺されたものがいる。亡くなった者には申し訳ないが、まったく正当な攻撃の理由がここにあるのです」

 これにはほとんどの者がうなずいた。

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