第5話 序章「霧の領域」その5
白装束の4人は生贄たちを脇に通り過ぎ、長刀を構えながら武士の長ひとりを崖に追い詰めるように取り囲んだ。
「誰だ、おまえたちは」
武士の長は吠えるように言った。
「北の者たちか?」
それを聞いて白装束の者たちが少しひるんだのを武士の長は感じた。
その両眼をふたたび紅色に燃え立たせ、白装束のひとりを中心に、彼ら全員を見据える。
「おまえたちは動けない。おまえたちは私を斬れない」
武士の長が唱えるように言い放つと、中心に見据えられた白装束の動きが止まり、他の者もたじろいだような動きとなる。
「おのれ、“多数縛り”か」
白装束のひとりが絞り出すような唸り声で言った。
よし。この術を使いながら自らも身体を自在に動かすのは至難の業だが、いける。
そう読んだ武士の長が長刀を握り直し、彼らに近付いたときだった。
さっきよりもっと強く、あの詠うような声が霧の後ろから響いて来た。
「私の体は自由に動く。もはや蛇眼は力を持たず」
すると長が中心に見据えた者以外の、三人の白装束が鎖を解き放たれたように動いた。
ふたりが同時に懐に手を入れると小刀型の手裏剣を放つ。
一発は長刀で弾き返すことができた。だがもう一発は不可能だった。
右の大腿に雷撃のような痛みが走る。武士の長はすぐに突き刺さった小刀を抜くとよろめきながら白装束のひとりめがけて投げ返した。だがそれはよけられ、小刀は霧の向こうへと飛んで消えた。
いま、武士の長にできることは四人のうちひとりに集中し、蛇眼を向けることだけだった。だがそれでは自分の身を守ることはできない。あと三人が長刀を振りかざし、手負いの長に襲い掛かって来た。
武士の長は本能的に後ろに下がり、崖のぎりぎり縁に立つことで後ろに回り込まれるのを防ごうとした。それが結局彼の運命を決めてしまうこととなった。
白装束の長刀を自らの刀で受け止め、金属音と火花が飛散する。返す刀で反撃しようとすると斬りかかった男はひらりと後ろに飛びのき、もうひとりがまた斬りかかって来た。
その斬撃も再び長刀同士がぶつかるつんざくような金属音と火花とともに受け止め、斬り返そうとした瞬間、彼の足元の崖が崩れた。
武士の長は大腿から流れる血の糸を宙に引きつつ、頭から下の湖へ落ちていった。
彼は水しぶきを上げて暗い水面にぶつかると、そのまま湖面の下へ沈んでいった。白装束の四人は自分たちが落ちないように崖の縁ににじり寄りながらそれを目で確かめた。
「龍鳥さま」
老女の声が響いた。白装束の男たちが振り返る。
霧の間からさっきまで霧の向こうで詠うような呪文の言葉を唱えていた老女は、男たちよりかいくぶんゆったりした白装束の着物をそのほっそりした小柄な体にまとっている。
彼女が先導し、崖の上で闘った白装束の者たちは龍鳥に向かって跪いた。
老女は跪いたまま、神獣に向けわずかに顔を上げて言った。
「龍鳥さまのもとでは蛇眼族の神通力も無くなりまする。わたくしの“声”が力を持つことができたのもそのためでしょう。ありがたいことにございまする」
龍鳥は老女の言葉を聞いたか聞かずか、塔の上で羽ばたいた。まとわりついていた霧が吹き飛ばされる。
巨大な龍であり鳥である神獣はふわりと塔から飛び立ち、巨大な両翼をはためかせながらゆっくりと上昇した。飛びながら威厳のこもった眼差しが崖の上の人間たちを見つめているように思える。
そして龍鳥はそれが出現した霧深い空の穴へ舞うように戻ってしまい、通り抜けた後には天空の穴はかき消されるように周りの霧の空間と見分けがつかなくなってしまった。
崖の上の面々はしばらく圧倒されたように跪いたままだったが、やがて
「奴が死んだか確かめに行きますか?」
と、白装束の一人が彼らの首領らしき男に尋ねた。問われた男が何か答えようとした瞬間、
「おまえ、佐田彦かい?。無事だったかい?」
と、老女が生贄になるはずだった四人のうちひとりの男に声を掛けた。