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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第46話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その7

 翌朝である。

 堅柳宗次と佐之雄勘治は王都・慶恩の隅に位置する蛇眼族専用の宿屋を朝に出た。

 初春の空気の中、八家門会議用の正装である羽織(はおり)(はかま)を着込んだ二人の男がそれぞれ馬に乗って慶恩の大通りを城に向かって悠然と進んで行く。

 もっとも都の中心部で馬を早く走らせるのは危険であるとして非常事態を除き禁じられているのであった。


 蛇眼族が神奈ノ国を統べるようになって五百年、慶恩の都は変わらず王都であり続けている。

 それ以前の常人のみの国であった時代から慶恩は中心的な都市であったのだが、当時の記録は蛇眼族によって封じられ、野蛮で残虐な時代であったとしか知られないように仕向けられてしまった。

 そして貝那留(かいなる)王朝による統治が始まって五十年を迎える今年、都はあらたに脱皮をするかのようにあらゆる場所で建て直しの作業が起こっている。

 特に役場関連の大きな木造建築物の建て替えが多く、堅柳宗次と佐之雄勘治はそういった建築作業中の現場を横目に見ながら馬を進ませることになった。

 建築や土木作業のような肉体労働は一般的に常人によって為される。公共の仕事だと役人である蛇眼族が常人の作業員を監督することになる。いま宗次と勘治が通りがかったのもそういう現場であった。


 「こらあっ」

 突然怒声が朝の通りに響き渡る。

 右手に見える建設現場からだった。

 宗次と勘治は馬の上から声が聞こえた方向を見た。

 その場の中心にいたのは二人の男、蛇眼族の現場監督と常人の労働者である作業人夫だった。

 蛇眼族の監督はその地位を意味する(だいだい)色の着物を着ているのでわかる。

 常人の男は、その周囲にいる十人ばかりの男たちと同じく、みすぼらしい身なりしかしていない。

 どうやら作業人夫の男は柱にでもする重い木材を一人で運ぼうとしたか、運ばされていたようだった。それで耐え切れず落としてしまい、監督が怒って怒鳴りつけたというわけだった。

 宗次と勘治は馬をさらにゆっくりと進ませ、顔を横に向けてこの状況を見つめた。

 三十歳代後半ぐらいに見え、精悍な顔に髭をたくわえ、筋肉質でやや大柄な作業人夫の男はその場に立ち尽くすようにしながら両眼に反感の炎を燃やし、監督をにらみつけている。握りしめた両拳はいまにも目の前にいる男を殴りに行くように思えた。

「俺は何も悪いことはしてねえっ」

 男は吠えるように抗議の言葉を発した。

 そして周辺にいる、作業人夫の仲間たちもまた、はじめに反抗した者に触発されたかのようにその眼に反感の炎が灯っているのであった。

 これはまずい、と勘治は思わず口の中でつぶやく。

 監督官は彼をにらみつけている人夫より一回り小柄で、その鮮やかな色調の着物と比して傲慢でありながらも小心者らしい、どこかおどおどしたような風貌をしている。

 蛇眼族でこういう類の者がこういう状況に陥ったとき、することは決まっているな、と宗次は思う。

 そしてその監督官は宗次が思った通りの行動をとった。

 「おのれ、謀反を起こす気か」

 監督官はそう言うなりその両眼の色を紅色に変え始めた。

 途端に人夫の様子が変わるのが遠目に見ている二人にもわかった。

 「おまえ、動くな。おれが処罰する」

と監督官が命じる。

 動くな、と言われた男は確かにしばらく動けなかった。

 それが蛇眼で睨まれた常人の運命なのだった。

 しかし、監督官が蛇眼を光らせたまま、その人夫に手に持った棒の一振りでもくれてやろうと近づいたとき、その運命にひびが入った。

 人夫は自分を縛る見えない鎖を力で砕こうとせんばかりにその顔を真っ赤にし、こめかみに血管を浮かばせ、顔に汗を噴き出させていた。

 そして近付いた監督官が手にした細い棒を鞭のようにしならせ、彼に振り下ろそうとしたとき、彼はいきなり動いた。

 人夫の武骨な右手が伸び、棒を持った小柄な監督官の細い腕、手首のあたりを()()と握ったのだった。

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