表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
43/217

第43話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その4

 香流は堅柳の郷出身で元々堅柳城に通う女中だった。

 城で知り合った常人の夫も堅柳家の召使で、山に出入りして狩人や炭焼き職人から必要なものを買い付けながら彼らの情報も堅柳家に提供する、下級の密偵のような仕事まで担っていた。

 堅柳家に泰賀(たいが)が生まれたのと同時期にそんな夫との間に娘が生まれ、母乳が出るようになったのを理由に香流は急遽(きゅうきょ)乳母(めのと)としても召し抱えられることになった。

 牧芽の母乳の出が少なかったのも理由のひとつであった。

 いままで常人の集落にある家からの通いだったのが香流と彼女の娘である赤子、そして香流の母親が城へ住み込みで働くことになった。香流の父親はもう昔に亡くなっていた。

 そんなとき、不幸なことが起こった。

 香流の夫は遠出して珍しい食材やあらたな情報などを手に入れようとしていた。

 そして近道として霧の領域を横切ろうとしたのが間違いだった。

 安全な横断を請け負っていた案内人の男ととともにほんの一日で横切れるはずが、彼らは二人ともそれきり帰ってこなかった。

 二人とも異形の生物に殺されてしまったのか、精神に変調をきたして帰れなくなってしまったのか、はたまた霧の民との間になにかいさかいでも生じたのか…霧の領域の外で生きる人間には知る(よし)もなかった。

 香流の夫の行方不明の報を聞いた堅柳家側の配慮で、なおのこと彼女と彼女の家族を城へ急ぎ呼び寄せ、住み込みで雇い、養うことになったのだった。

 そして香流はそんな不幸を忘れようとしているかのように、自分の母親とともに懸命に娘を育て、そして堅柳家お抱えの乳母としての役割を果たしているのだった。

 彼女の天性なのだろうが、そんな困難な境遇にあっても香流には天真爛漫さがあり、そして幸いなことに堅柳家と自分の赤子二人に存分に乳を飲ませることができるほど母乳の出も良かったのだった。


「もう昼餉(ひるげ)の準備もできております。佐之雄(さのお)さまも一緒にいかがですか?」

 一同が廊下を進んでいるときに牧芽が振り返りながら夫とその忠臣に尋ねた。

 牧芽は真叡教斎恩派総本山の意向に基づき、八家門にも入らない末端の蛇眼族一門から堅柳一門に嫁いできた。

 堅柳家との関りは佐之雄勘治の方が長いので、立場的には上でも勘治にはつい敬語を使ってしまう。

 それ以上に牧芽は蛇眼族の家臣、しかも夫の右腕にぞんざいな言葉を使うような教育は受けていないのだった。

 返事をしたのは堅柳宗次のほうで、

「そうだな。いつもの通り飯でも食いながら今後の打ち合わせでもするか。泰賀はしばし乳母に任せておこう」

と言い、勘治は、

「かたじけのうございます」

と言いながらついて行った。

 「あの…」

 香流が赤子を抱きながら口を開いた。

「泰賀さまを連れてお庭へ行っても良いですか?若さまは小川を見たりせせらぎの音を聴いたりするのが大好きなんです」

「小川?ああ、庭に引き込んだ水流だな。このあいだ庭師が数十年ぶりに手直ししたものか。あれは良いな。いざというとき水源にもなる」

「まあ。あなたったら、相変わらず風流より合理性なのね」

牧芽が笑う。

 宗次は赤子である泰賀を抱いて立っている香流に行って良い、と許可を与え後ろに付いていた従者に護衛役の武者を二人呼んで乳母と赤子につかせるよう指示した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ