第42話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その3
昼前である。
堅柳の郷の中央に、田畑と森に囲まれるように小規模ではあるが堂々とした黒壁の城が建っている。
堅柳家当主が代々住み、領地を統治する本拠地としてきた城、堅柳城であった。
堅柳宗次と佐之雄勘治は春日野慶次郎の屋敷を出ると、まずは堅柳城に戻った。
かれらが馬を走らせて帰って来ると、城門の見張りがそれを認め門を開ける合図をする。
そのためかれらはほとんど馬の速度を落とすことなく、堀にまたがる橋を抜け、すでに開いた城門に滑り込むように入ることができた。
一頭に二人ずつ、馬の世話係たちがすぐに駆け寄ってくる。
宗次は片手を挙げて合図し、
「今朝話した通り、夕刻までには慶恩に発たねばならん。馬には水と餌をやって、少し休ませておいてくれ。鞍は乗せたままでいい。私も勘治も城で用事を済ましたら戻って来る」
と言いながらひらりと馬から飛び降りた。
世話係は深々と当主に礼をしながら手綱を受け取り、馬を厩舎に連れて行った。
佐之雄勘治も同様にして主人について行った。
普段堅柳家が生活しているのは城で特に高く象徴的にそびえ立つ天守閣ではなく、その基部に寄り添うようにある平屋建ての御殿である。
御殿は大きめのものがふたつあり、普段家来たちと政務を執り行う表御殿、そして生活の場である奥御殿があった。
堅柳宗次は晴天の下、砂埃とともに佐之雄勘治を引き連れ奥御殿へずんずんと歩いていく。
常人、蛇眼族問わず家来や腹心たちが立ち止まって深々と礼をするのに軽く会釈で応えていった。
宗次と勘治が家来によって開けられた引き戸を抜け、奥御殿の土間に入ると目の前の廊下にすでに二人の若い女性が正座して待っている。
紅い華やかな上衣の女性が前に座っていた。
その後ろに付き従う女性は、地味なくすんだ山吹色の上衣を着て赤子を抱いている。
「お帰りなさいませ」
前の華やかな女性が三つ指をついて頭をさげ、あいさつをした。後ろの女性も赤子を抱いたまますぐ頭を下げる。
「牧芽」
宗次はいつもの厳し気な表情を緩ませ、微笑んだ。
続いて後ろにいる女性に抱かれてうとうとしている赤子に呼びかけた。
「泰賀。元気か?」
「はい。元気です。今日も朝からいっぱいおっぱいを飲んでくれました」
赤子を抱いた女性が屈託ない調子で答えた。
宗次に続いて土間で履物を脱ぎ、板の間の廊下に上がった勘治が牧芽に一礼し、続いて赤子を抱く女性に、
「香流どの」
と声をかける。
宗次が振り返って見ると勘治の顔がやや赤らんでいる。
勘治にとっては香流からおっぱいなどという言葉を聞くのが恥ずかしいのだろうか。
宗次は思わず苦笑した。
香流と呼ばれた三十歳ほどの女性は顔を上げ、その天真爛漫そうな丸い顔を彼女もまた赤くした。
小さな声ですみません、と言ってからかすかに微笑む。
牧芽は宗次の妻、泰賀は宗次の一人息子である。
香流と呼ばれた女性は常人であり、泰賀の乳母だった。




