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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第41話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その2

 神奈ノ国に散在する霧の領域は常人たち、そして蛇眼族にとってさえ長時間いられる場所ではない。

 まずそこに現れる(もの)()や異形の獣に襲われる危険があった。

 加えて次々と現れる幻覚によって三日もいれば気がふれる、と言われている。

 真叡教の儀式僧たちは自分たちが魔除けの儀式を行えば常人や蛇眼族も霧の領域により長くいることができる、と説いていたが、堅柳宗次はそれを疑わしく思っていた。

 ところが霧の民と呼ばれる人々はその霧の領域にずっといることができるのだった。一説にはその中に住んでいる者さえいるという。

 なぜ彼らだけがそんな能力を持っているのか、その理由はわからなかった。

 そんな彼らの能力から、いつしかひとつの伝説が語られるようになった。

 蛇眼族ははるか昔にかれら霧の民から生まれた、というのだ。

 蛇眼族さえ入るのを畏れる霧の領域をより自由に往き来できる能力と、蛇眼族は彼らから突然変異して生まれてきた、という伝説。このふたつの事により蛇眼族五百年の統治のなかで度々(たびたび)かれらの掃討作戦が論じられてきたのにも関わらず、結局及び腰の対応しか成されることはなかった。

 その結果、霧の民は生き延び、彼らの部族社会を維持し続けることが出来ているのだった。


 北方の(しのび)たちが北の大渓谷を超え、山岳地帯を伝って南下していく過程で霧の民と接触し、なんらかの同盟なり協定関係を結んでいる、と考えれば合点がいく。

 何らかのかたちで北方と協力していた霧の民がそれを(とが)められ反逆の民として処刑される、となれば北の忍たちがそれを救援しに来るであろうことも理解できる。

「霧の民どもはいまだ蛇眼族にとって頭の痛い存在だからな。彼らが迫害から逃れ、力を拡げるため北方と繋がっても不思議はない」

 宗次は振り返ってもう一人の忠臣である佐之雄勘治に同意を求めるような視線を向けた。

 いま白い寝衣で布団の上に座り込んでいる春日野慶次郎は二十台後半であり、三十五歳の堅柳宗次より若い。もう一人の忠臣である佐之雄勘治は逆に宗次より一回り以上年上、もう五十代後半であり、宗次の父親の代から堅柳家に仕え続けている。

 勘治は慎重な様子で答えた。

「はい。ただ常人のなかでも里山で田畑を持ったり(きこり)をしたり、その他にも炭焼き職人や狩人のように山際や山の中で生きているものも少なくありません。彼らの中には元々霧の民であったり、逆に霧の民の仲間になってしまうものもあるとか」

「ああ。聞いたことがある」

 宗次も同意する。

「なんでも霧の民と里山の民と、両方の顔を使い分けている者もいるそうだ。統治する我らの側からしてみるとなんともやっかいな存在ではあるな」

「ええ。我らに必要な仕事をしている者もいますから」

「今回の処刑はそんな連中に対する引き締めの意味もあったはずだ。それがこんな結果になるとはな」

「…申し訳ございません」

 宗次と勘治の会話を聞いていた慶次郎がうなだれてしまう。

 宗次は不敵そうな笑みを浮かべ、そんな慶次郎の肩を叩いた。

「お前だけの責任ではない。それにこれはある意味絶好の機会だ」

「…絶好の機会?」

「ああ。北方侵攻の口実を彼らの側から作ってくれたようなものだ。それに驚くなよ、慶次郎。北の大門が開いたそうだ」

「…え?」

 慶次郎は何のことやらわからず、寝衣で布団の上に座り込んだまま、口をあんぐりと開けてしまった。

 それを見た宗次が思わずふふ、と軽く笑ってしまう。

「北練井に潜んでいる都からの隠密が使(つか)(だか)を送って来たらしい。それを読んでも詳しいことはわからんらしいがな。わたしが聞いた話だと、どうやら北の大橋に込められていると言われていた太古の呪術が発動したらしい。そのせいで北の大門を塞いでおった壁が崩れ落ちてしまって、大門が口を開けた、とのことだ」

「本当なのですが?頑強な造りで容易には崩れないと言われていましたが」

「ああ。だがそれがなぜか崩れたのよ。いずれにせよもしそれが本当なら、北方に軍を送るのには好都合だろうな。裏切り者の鈴之緒家がそれを再び塞いだりせんうちに手を打たんとな」

「宗次さま」

 佐之雄勘治が思わず口を挟む。

「我らとは因縁ありとはいえ、容易に北部総督の一門を裏切り者呼ばわりするのは控えませんと。八家門や他の蛇眼族にも我らのことを面白く思っておらん者たちもおります。彼らに我らを批判する口実を与えてはなりません」

「ああ、わかったわかった」

 宗次は苦笑して片手を軽く上げ、後ろの勘治を制した。

「そんなわけで一旦私の屋敷に戻った後ですぐ慶恩の都に向かう。八家門会議は明後日の朝からだからな。慶次郎、おまえはここで英気を養っておくのだぞ。我らの意見が通ればすぐにでも北へ向かうことになるのだからな」

「わかりました。かたじけのうございます」

 宗次と勘治は示し合わせたように同時に立ち上がった。同様に立ち上がって見送ろうとする慶次郎に座ったままでいるよう指図し、彼らは早々に屋敷を去って行った。

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