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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第40話 第4章「堅柳の郷と慶恩の都」その1

 (けん)(りゅう)一族の領地はその名も堅柳の(さと)と呼ばれ、蛇眼族の統べる神奈ノ国の王都である慶恩の都から北西に位置し、馬を走らせれば一日弱で着ける距離にあった。

 これは現王朝である 貝那留(かいなる)王朝にとって堅柳一族が重鎮であることを意味していた。

 そもそも堅柳一族は蛇眼族による王政開闢(かいびゃく)の時より常に重要な血統である八家門のひとつである。

 彼らは王都である慶恩を取り囲むように領地を持ち、神奈ノ国を統べる王朝が途絶えたときには公の会議か、もしくは権謀術数でそのうちの一家門が王朝を引き継いでいった。

 現在の貝那留王朝は蛇眼族五百年の歴史のうち三つ目の王朝であり、公式な会議によって約百年前に選出された王家・貝那留家の長子を王として頂いている。


 堅柳の郷は貝那留家の領地とは慶恩の都を挟んで反対側に位置している。

 肥沃な土地に多くの田畑を抱えていることでも知られる堅柳の郷であるが、現在の当主である堅柳宗次はいまそんな田園の間にある道をひたすら馬で走っているのであった。

 宗次は家来を多く従えて動くのをあまり好まなかったが、それでも二人の側近は必ずと言っていいほど彼に付き従っていた。

 いま宗次の操る黒い馬の斜め後ろに付いて走る茶色い馬に乗っているのがそのうち一人、佐之(さの)()(かん)()である。

 主君と同様、巧みに馬を操り走らせ、一定の距離を保ちながらついて行く。

 すぐに二人の前に簡素な屋敷が現れた。

 二人にとっては度々訪れたことのある場所である。

 さして減速もせずに馬を敷地内に走りこませるとすぐに(つな)ぎ場へと向かい、そこでぴたりと馬たちを止めさせ、降りた。地面に打たれた杭に渡された丸太に手綱を巻き付け、すぐに屋敷の入口へと向かう。

 すでに開けられた入口の前には常人の下男(げなん)が立って控えていた。蛇眼族である二人を恐れているように目を合わそうとせず、うやうやしく頭を下げたままでいる。

「ご苦労。お前の(あるじ)(なか)で休んでいるのか?」

 宗次が問いかけると下男はへい、と言ってさらに頭を下げた。

 堅柳宗次と佐之雄勘治は屋敷に入った。入ると土間を上がってすぐのところで若い女性が一人正座して頭を下げている。

「菊どの」

 今まで硬かった宗次の表情がわずかに緩んだ。

「おまえの夫は奥で休んでいるのか?」

 宗次がそう尋ね、菊と呼ばれた女性が顔を上げて答えようとしたとき、廊下に面した(ふすま)が開いて寝衣姿の男がよろめくようにして出てきた。

「宗次さま」

「慶次郎か」

 宗次は即座に反応した。

 さっと履き物を脱いですぐに慶次郎と呼ばれた男のもとへ歩み寄る。

 佐之雄勘治も同様に主君に続いた。

「あらかじめご来訪をお伝えいただければこんなみっともない格好で対応しなくて済んだものを」

 慶次郎はやや不服そうな態度をみせた。

 堅柳宗次がふっ、と鼻で笑う。

「いつものことではないか。そうだろう?それよりお(ぬし)、まだ休養が必要なようだな」

「いや、もう大丈夫です。医師にも太鼓判を頂いております」

「と、言いながらまだふらついているぞ。いいから部屋に戻って横にでもなれ。それから話だ」

 慶次郎は依然不服そうではあったが、主君の指示には従った。

 部屋に戻り、先程まで寝ていた布団に戻って座り込む。

「横になってもよいのだぞ」

「いや、座っていれば大丈夫です。本当にもうほとんど回復しているのです」

「そうか。まあ良い。それにしても災難だったな。久しぶりに行われた“霧の領域”での処刑に駆り出されたと思ったらそこで襲撃にあうとは」

 宗次も布団の横、板の間の上に座る。勘治も後ろで続いた。

 霧の領域での処刑で起こったことについては、もう慶恩の都でも噂として流れ始めていた。

 ただその場にはいなかった者たちによるあやふやな情報や憶測が乱れ飛ぶばかりではあったが。

 処刑を警護する武士団長であったのはいま布団の上で座り込んでいる春日野(かすがの)慶次郎(けいじろう)である。

 彼は大蛇が住まうといわれる湖に落ちたものの、なんとか自力で湖岸まで泳ぎ着き、そこで気を失って倒れていたところを後から来た救援隊に助けられたのだった。

 そもそも慶次郎は堅柳一族に仕える身である。

 それを処刑のため急遽編成された警護団の長として駆り出したのは、真叡教団の要請を受けた王府であった。

 慶次郎は布団の上で頭を下げた。

「本当に申し訳ありません。部下をことごとく失ってしまいました」

 堅柳宗次は座ったまま慶次郎に顔を近付けた。

「部下、といってもいくつかの家門から集められた寄せ集めであったからな。公平を期するためにそうしたのだろうが、それがかえって仇になったかもしれん。彼らを統率するのは難しかっただろう?」

「私の統率力が足りなかったからです。武士長に任命して頂いたのに」

「まあ、そう自分を責めるな」

 宗次は少し微笑んだ。

「王府の者には私からうまいこと言っておくさ。八家門会議が招集されたしな」

「私も出席させて頂けませんか?自ら弁明して処罰が下るなら受けます」

「いや、お前はまだ休んでおけ。会議には私と勘治が出る。あまりそちらのほうに話題を向けたくもないのでな。ところで起こったことをもっと聞きたい。おまえ達を襲ったのは北方からの(しのび)だということだが?」

「はい。そう思います。神奈ノ国の中にあんな()()れの一団がいればすぐに知れましょう。国内の霧の民と繋がっている北方の者どもが忍び込んで来ているのではないでしょうか」

 確かにそう考えれば話は合う。

 宗次はそう考えた。


 処刑されようとしていたのは霧の民だ。


 神奈ノ国のほとんどの領地は列島世界の中で最大の島である中之大島(なかのおおしま)にある。

 その中之大島の中央には広大な山岳地帯が背骨のように伸びている。神奈ノ国の民はその山裾(やますそ)と海の間にある土地に住んでいると言っても良い。

 一方で神奈ノ国の開闢(かいびゃく)以前から山々の中で生活し、現在に至る者たちがいる。

 それが霧の民だった。

 彼らは山岳地帯の中を移動して生活するため、統治しづらい存在であった。

 それに加えて、その山に生きる部族たちには他の者にない特徴があった。

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