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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第4話 序章「霧の領域」その4

(からす)たちは今まで我慢して静かにしていたのを解放されたように一斉に(わめ)くような鳴き声を挙げ、武士たちと儀式僧の五人のみに襲い掛かった。

武士の長と三人の部下たちは構えた長刀を握りしめた。

鴉はその(くちばし)で武士たちの眼を突き刺そうと飛び掛かってきたが、武士たちは応戦して鴉に斬りかかる。

彼らは各々(おのおの)先頭の一羽を斬るのには成功した。最期の一鳴きと共に黒い鴉の体が翼を広げたまま真っ二つとなり、真っ赤な鮮血を飛散させながら地面に落ちる。

だが二羽目からは斬れない。鴉たちは斬られない絶妙な距離をとりながら武士たちの周りを喚きながら飛び回った。

老儀式僧は「ひいいい」と悲鳴を上げながら両手で顔を覆ってうずくまり、その上を鴉たちが飛び交いながら儀式僧の白髪頭を突つき、血が流れ始めている。

「こいつら訓練されてる!」

若手の武士が叫んだ。

「霧の向こうに“鴉使い”がいるぞ!」

そして次の瞬間には、黒い怒涛のような鴉たちは別の動きをみせていた。

かれらは輪を描いて飛び廻っていたが、その輪を解くように崖の上から離れると湖に向かって飛び、今度は塔の上にとどまり続ける龍鳥の周りを飛び始めた。

巨大な龍鳥の前では鴉たちの群れは、小さな羽虫たちのようにしか見えない。

鴉たちは龍鳥を信奉しているかのように見えるが、龍鳥はそんなことには興味が無いかのように依然として塔の頂上で両翼をゆったりと動かしながら悠然と構えている。

武士の長はそれを茫然(ぼうぜん)として見ていたが、彼の部下に視線を移し、そして次の瞬間凍り付いた。

鴉たちの襲撃に呆気にとられた隙を突くように霧の向こうから金属の反射光が一閃し、次の瞬間、若手の武士の額に何かが突き刺さっていたのだった。

短刀型の手裏剣であった。

若手の武士の額から鮮血がたらりと流れ落ちる。

彼は自分の額に刺さったものが何であるか見ようとするかのように寄り目になったままその場に無言で崩れ落ちた。

常人から養成された儀式女人たちがつんざくような悲鳴を上げ、手裏剣が飛んできた方向となるべく距離をとるようにしながら崖の下方に逃げて行く。

手裏剣は彼女たちを狙いはしなかった。

生贄(いけにえ)として処刑されるはずだった者たちはうずくまったままになっている。

そして次の手裏剣がこんどは一度に三発ほど飛んできた。

武士の長は自分の脳天めがけて飛んできた一発を長刀で弾き返した。

金属同士がぶつかりあう音が霧の空間に響き渡る。彼の両眼には蛇眼の炎が燃えたままである。

武士がもう一人、どうと倒れた。

長刀を構えていたものの、手裏剣が脳天に刺さるのをよけることができなかったのだ。

「…私の体は自由に動く。蛇眼はなんの力も持たず…」

またも老女の声が響いた。

「おのれ、謀反人どもめが」

いまやそこにいる蛇眼の武士では長以外のひとりになった壮年の者が長刀を振り回すようにしながら声の聞こえてくる方角へ走りこもうとする。

動き続ければ手裏剣の餌食にならずにすむ、と考えたというよりただ恐慌に陥っているかのようにも見えた。

「やめろ」

武士の長は叫んだが遅かった。

霧の中から不意に白装束の男が現れると手にした長刀で()ぎ払うようにその武士を斬った。

うう、と唸り声をあげ、首から鮮血を噴き出しながら武士が倒れ、動かなくなる。

体にぴたりと貼り付くような白装束をまとった男は顔までも白い布で覆っていた。霧の白さに紛れて自らを隠していたのだ。

いまやその白い衣に先刻斬った武士の返り血が点々と付いている。

(しのび)の者だ。こいつは長刀がかなり使えるようだが、ひとりではない。

武士の長が思うや否や白装束に包まれた忍の者の背後からまったく同じ格好の者たちが三名現れ、こちらに足音も立てず走って来た。

それまでただわなわなと震えていた老儀式僧が儀式女人の後を追って逃げようとしたが、すぐに白装束の者たちが立ちふさがる。

彼らは常人である儀式女人はあえて見逃したようだが、この老儀式僧にはそうするつもりは無さそうだった。

立ち止まった儀式僧は両眼をかっと見開き、そこから先刻生贄に放った紅の光を再び放とうとした。

「わしを斬るな。おぬしらは動けん。わしの蛇眼のもとでは」

振り絞るような声で儀式僧が言う。

たしかに一瞬白装束の者たちの動きが鈍ったように見えた。

斬れる。

そう判断した武士の長が、彼もまた両眼を紅色に光らせながら近寄ろうとした。

だが霧の向こうから老女の声は続いていた。

「私の体は自由に動く。もはや蛇眼に力はなく」

その声に従うように白装束の男たちはふたたびひらりと飛ぶような動きをみせた。

ひとりが長刀で儀式僧を袈裟斬りにする。

「蛇眼族め。思い知れ」

白装束の男が確かにそう言ったように聞こえた。

儀式僧がその白い衣を血に染めながら倒れ、いまや忍の者たち相手に戦えるのは武士の長ひとりとなった。

生贄になるはずだった四人の男女は縄につながれ、うずくまりながらも這いずるように崖を降りる動きを続け、いまは武士の長より白装束の男たちの側に近くいる。

暗い湖より(そび)える塔の上に留まっている龍鳥は依然ゆったりと巨大な翼を動かし続け、静かにことの次第を見守っているように見えた。その巨大な翼は強い風を起こし、湖面を渡って崖の上にも吹いて来る。


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