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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第39話 第3章「それぞれの午後といつもと違う朝」その14

 蒼馬は気が付くとうずくまった雪音の背中に再び覆いかぶさるようにしていた。

 雪音を守りたい。でもこんなことをしたって役には立たないだろう。

 雪音はせっかく蛇眼をも凌ぐ(しのぐ)と言われる龍眼を使ってあの光球を制しようとしていたのに、自分が台無しにしてしまったのかもしれない。

 もうだめだ。俺たちはあの光球にやられて死んでしまう。なんでこんなところに来てしまったのだろう。

「ごめん、雪音。君を守れなくて」

 思わず声が出る。

 雪音はうずくまったまま振り返り、びっくりしたような顔で蒼馬を見た。そして

「そんなことない」

とだけ言った。

 そして突っ込んできた光球が北の大壁に接触した。

 分厚い大壁の上にうずくまっている蒼馬と雪音、六郎とふたり兵士を衝撃が襲った。

 光球は彼らを直撃はしなかった。それは高速で回転しながら大壁の塞がれた部分、つまり彼らの立っている場所の真下に当たった。

 大壁は凄まじく振動し、彼らの下でキーンとなにか金属製の鋭い円盤を回転させて石を切り削るような、つんざく悲鳴のような音が空間を貫いた。

 大壁が崩れ落ちてしまう。そして俺たちはみんな死んでしまうんだ、と蒼馬は思った。それでも雪音に覆いかぶさるようにし、守ろうとする姿勢を解くことは無かった。

 壁の上の無力な人間となった五人は光球が荒れ狂っているであろう下へ逃げることもできず、そこに固まってうずくまっているのが精一杯なのだった。


 そしてそれは唐突に終わった。

 下から照らすように見えていた光が消え、音が消え、振動も消えた。

 すべての異常な現象が突然止んでしまった。

 そして空がすっかり明るくなっている。朝焼けだった。

 蒼馬はまだ耳鳴りの残る右耳をおさえながらふらふらと立ち上がった。

 雪音もまたよろめきながら立ち上がろうとする。蒼馬は雪音に手を差し伸べ、彼女が立ち上がるのを手伝った。

 賀屋禄郎、二人の見張り兵たちも唸り声を上げながら立ち上がる。

「ひ、姫さま、大丈夫ですか?」

 禄郎は酔っ払いのように()(れつ)まで回らなくなっている。

「え、ええ。何とかね」

 雪音も上ずったような声で応えた。

 蒼馬と雪音は無意識に手をつなぎ、お互い悪い夢から醒めたようにうつろな目付きのまま縁壁に手をかけ、朝日を見た。

「朝だ…」

 (ほう)けたように蒼馬が(つぶや)く。

 確かに朝だった。空はもう暗闇から薄明も抜け出し、青くなっている。

 そして彼らが上に立っている北の大壁は崩落などしなかった。

 彼らはまったく意味がわからない振動や光球が消えてもこうやって壁の上、石畳の上に立っている。

「雪姫様!賀屋殿!」

 下から叫ぶような声が聞こえる。

 呼ばれた賀屋禄郎が階段の近くまで近寄り、下を見て、

「おう、お前は無事なのか。埃みたいなのが舞っててよう見えんぞ」

と大声をあげる。

 禄郎と一緒に雪音を追ってきた従者の声であった。

「はい。光の塊みたいなのが壁を突き破って来たんで避けたんですが、俺も馬たちも無事です。ただこっちは粉みたいなのが飛んで酷いですよ。(きり)みたいだ」

従者が咳をするのが聞こえる。

「風切丸!」

 雪音が思い出したように叫んで見張り場の向こう側、階段まで駆け寄った。ヒヒン、と(あるじ)に応える馬の声が聞こえる。

「それより早く下に降りて来てください!大壁が大変なことになってます!」

 従者の姿が立ち込めた砂埃のようなものの隙間から見える。

 両手に手綱を持ち、三頭の馬を従えながら叫んでいた。

「わかったわ」

 雪音は率先してこの大壁の見張り広場に上ったが、今度は真っ先に石の階段を降りて行く。

 他の者もそれに続いた。

 雪音は手すりにつかまりながら階段を急ぎ足で降りると白い砂埃のようなものが立ち込める中、まず従者のもとへ駆け寄った。

 彼から風切丸の手綱を受け取り、愛馬を撫で、話しかけながらその無事を確認する。馬も首を振って反応した。

 そして振り返って北の大壁を見つめ、風が吹いて霧のような埃が飛ばされ、その全貌が見え始めると凍り付いたように立ち尽くしてしまった。

 蒼馬、賀屋禄郎、そして二人の足軽も続けて見張り広場から降りて来た。

 蒼馬は雪音に駆け寄った。埃の激しさに手で口を押さえる。埃は少し熱を持っているようにも思えた。さっきの光球のせいだろうか。

「どうしたの?」

 そして彼も雪音がその視線を釘付けにしている北の大壁を見て、呆然と口を開けたままになってしまった。

 流れ去っていく埃の向こうに見える北の大壁には、ぽっかりと穴が空いていた。

 まっすぐに上がって上は弧を描く穴である。

 美しい、と表現しても良さそうなぐらいきれいに削り取られた穴だった。

 いや、違う。

 蒼馬は気が付いた。

 これは削り取られた穴じゃない。

 前史文明がつくった大門を塞いで大壁にしていた部分、石壁の部分がきれいに除かれてしまったのだ。

 先ほど自分たちが降りてきた石造りの階段を除いて、北練井側の“北の大壁”は再び“北の大門”となったのだ。

 不思議な光球によって、ほぼ五百年ぶりに。

 雪音がそうっと無言で歩き出した。蒼馬も無言でそれに続く。

 賀屋禄郎が姫さま、と声を上げ彼女を止めようとするが彼もまた大壁の封鎖が除かれたのを見て呆然(ぼうぜん)とし、取り憑かれたように雪音の後に続くだけでそれ以上声を出すことすらできない。

 雪音が止まった。そして彼らは再び開かれた大門と正面から向き合うことになった。

 ちょうど人が七、八人ほど並んで通ることのできる出入り口が分厚い壁をくり抜かれて一瞬で作られたかのようだった。

 不思議なことにそこに積まれ、固められていたはずの石たちは、周辺に散らばっているのすら見えない。

 周辺に漂っているこの埃のようなものが石壁だったものなんだ、あの光球が粉にしたんだ。一瞬で。蒼馬はそう思った。

 そしてそのくり抜かれた門の向こうに見えるのは北の大橋だった。

 つい先ほどまであれほど激しく振動していたのが嘘か幻のように静かに存在している。

 橋の向こう側には同じような門があり、その開かれた口の向こう側に北方の森が広がっている。

 日はさらに昇り、この突然できた北方と南方とをつなぐ道を照らし続けた。

 道の目撃者たちはなおも長い時間そこに立ち尽くし、それを見つめ続けるばかりだった。

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