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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第37話 第3章「それぞれの午後といつもと違う朝」その12

 風切丸は比較的大きな馬だった。雪音と蒼馬の二人が乗っても重さに不満を漏らす素振りは見せない。

「私につかまって!」

 雪音が言う通り蒼馬は手綱を持つ雪音の腹に両腕を回した。彼女の背中に流れる黒髪の匂いを感じる。思わずもっとその香りを吸い込もうとして、こんなときに何をやっているんだ、と心の内で自分を叱る。

「もっとしっかり!」

 雪音が急かすように半ば振り返りながら言い、蒼馬はさらにぎゅっと雪音に後ろから抱き付いた。自分の心臓が早鐘のように打つのがわかる。

「いいわね?行くわよ!」

 雪音はそう言うなり(あぶみ)に乗せた両足の踵で風切丸の腹を勢いよく蹴り、彼女の忠実な愛馬は滑り出すように再び走り始めた。

 土煙(つちけむり)のあがる路上で馬上の二人に向かって康太と加衣奈が手を振る。

 気を付けろよ、と康太が声を張り上げるのが聞こえる。

 それもすぐに背後に飛び去り、風切丸はひたすら目的地へと走った。

 蒼馬は風になびく雪音の長い黒髪が自分の顔を叩くのを感じながら、雪音に後ろからつかまって落ちないようにするのが精一杯だった。彼女の白いうなじに流れる汗が後ろに飛んで蒼馬の顔にかかる。蒼馬は雪音もまた動揺しているのを感じ取った。

 路上の両端には多くの町民たちが着の身着のままで北の大門から少しでも離れようと、小走りで城下広場に向かって行くのが見える。

 若い二人を乗せた風切丸はたてがみをなびかせながらそんな人々と逆方向に走り、彼らが逃れようとしている場所を目指して駆けているのだった。

「曲がるわよっ!」

 雪音が叫ぶ。風切丸がほとんど減速せずに角を曲がった。

 蒼馬は雪音が体を傾けるのに合わせて自分も遠心力の反対側に体を傾け、振り落とされないようにするだけだった。

 つい昨日学問所の皆で通った旧処刑広場をあっという間に通り過ぎると、北の大門が見えてきた。

 分厚く緻密な前史文明からの石門に、それより粗野な現代文明の石造りを貼り付けたり詰め込んだりして階段付きの石壁に変えた、巨大な建造物が迫ってくる。

 そして打ち鳴らされる鐘の音もさらに大きくなっていく。

 風切丸は高い壁に沿って北の大門の前を駆けて行き、ついに階段の前に着いた。

 ふたりが洞爺坊や第二学問所の生徒たちと昨日上ったばかりの階段である。

 雪音が両手で手綱を引き、風切丸が数歩ほどかけて止まる。蒼馬は今まで疾走してきた慣性で前方につんのめり、そうならないように後ろに体を反らせている雪音に自分の体を押し付けることになった。

「ご、ごめん」

「いいから!降りて門の上まで行かないと何もわからないわ」

 そう言うと雪音は身を(ひるがえ)すようにして馬から飛び降りた。蒼馬もそんな雪音にぶつからないよう身を(ひね)りながら同じ側に降り立つ。

 降りてすぐ気付いたのが、地面の振動の激しさだった。

 やはりここ、この辺りが震源なのだ。

 それと、遠くからでは気付かなかった音がする。

 唸り声のような、持続する低音だった。

 雪音は手綱を風切丸の首に掛け、

「おまえは下で待っていなさい。もしおまえひとりだけになっても危なくなれば逃げるのよ」

と言った。

 風切丸はやや息を荒くしながら首を振り、雪音を見た。決して姫を置いて逃げません、と言っているように蒼馬には見える。

 そこで賀屋禄郎ともう一人の従者の馬もたどり着いた。

 雪音が昨日上ったばかりの、門の上の見張り広場へ至る石の階段を駆け上がる。

「雪音ちゃん!」

「雪姫さま!」

 蒼馬と禄郎が同時に叫ぶ。

「危ないよ!」

「危のうございます。どうか兵士たちが来るまで下で待機を」

 雪音は振り返ってそんな二人に

「上にまだわれらが兵士が残っている。皆のために鐘を鳴らし続けているのだっ!」

と言い捨て、駆け上がって行った。

 二人の男は北方総督である一族の姫である雪音の気迫に思わずひるんだが、蒼馬はすぐに彼女の後を追って石の階段を上り始めた。

 禄郎も「まったく姫様は…」と言って馬を降りた。歳のせいか、それとも動揺しているせいか降り方がおぼつかない。

 もう一人の若い男の従者に風切丸共々馬たちを階段の下に付け、すぐに逃げられる支度をするよう言いつけると彼もまた手すりにつかまって階段を上って行った。

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