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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第36話 第3章「それぞれの午後といつもと違う朝」その11

 多くの人が着の身着のままで家から通りに出て、とりあえず城の方向へ向かおうとしている。

 みんな半鐘が打ち鳴らされる音に起こされたのだろう。

“もし半鐘が打ち鳴らされることがあれば、北練井城そのものが火事になっていたり戦場になっていたりしない限り、皆城にある広場に避難すべき”

 北練井の街の人間なら誰でも子供の頃に教わる心得(こころえ)である。

 よっぽどの大火事か天災でも起こらない限り、生きている間に半鐘が打ち鳴らされるのを聞くことはないだろう。と、ほとんどの者はたか(・・)をくくっていた。


 それがいま、半鐘は打ち鳴らされているのだった。


 北練井は決して大きな都市ではなかったから、ほとんどの人と顔見知りか、少なくとも見たことはあった。

 誰か、いまの状況を訊ける人はいないのか…。

 そのとき、蒼馬が最も話を訊きやすい人間が二人、通りの向こうから小走りで近付いて来た。

 赤間(せきま)(こう)()(しい)(はら)()()()だった。

 後ろには康太の母親、そして加衣奈の父母と弟の四人がついてきている。

 康太の母親は息子と二人だけで食堂を切り盛りしているだけあっていかにもたくましそうな女性だった。女性にしてはやや長身でがっしりした体格で、風呂敷に包んだ最低限の荷物を片手に持って確かな足取りで進んでくる。

 対して加衣奈の両親はどちらも体つきが細くて、少し足元もおぼつかない感じがする。

 蒼馬は二人とも病気がちだと聞いたことがあった。

「康太!」

 蒼馬は大声で親友の名を読んだ。

 康太もすぐに蒼馬に気が付き、彼の母と加衣奈の一家から離れて手を振りながら走って来た。

 そういえば康太の家も加衣奈の家も蒼馬の住み込む蓮華寺より北の大壁に近いのだった。

「いったい何が起こってるんだ?北の蛮族が攻めて来たのか?」

 蒼馬が足を止めて荒い息をしている康太に尋ねる。その後ろからさらに多くの人が小走りで街の中心、北練井城に向かって行く。

 みな口々に話したり大声で呼びかけたりしており、鐘の音もそれに合わせるかのように、さらに大きくなってきているように聞こえる。

「それがわからないんだよ」

 康太もほとんど寝衣のような格好に草履をつっかけているだけだったが、夜明け前の涼しい空気のなかでもかなりの汗をかき、息を荒くしていた。

「あの鐘の音で起こされて、それがあんまり続くもんだからただごとじゃないと思ってさ。加衣奈のことが気になったからお袋にも無理を言って、まず彼女の家に行ったんだ。ほら、加衣奈の親御さんたちのことも何かと心配だったからさ」

「じゃあ北の蛮族は見てないんだよな?」

「ああ。少なくとも俺は見てない。軍勢が来てるような音も聞こえなかった。蒼馬、お前は北の大門のところまで行くつもりなのか?みんな逃げて来てるのに?」

「そうなんだ。洞爺坊先生と層雲先輩に何が起こってるのか報告しなくちゃいけない」

「やめとけよ!北の奴らが“橋”を渡って来てたらどうすんだよ」

「でも…」

 蒼馬が大壁のところまで行くべきか本気で迷い始めたときだった。

 大壁とは反対の方向、つまり城の方向から馬のいななきとその(ひづめ)が土むき出しの路面を蹴って駆けてくる音が聞こえてきた。

 三頭の馬だった。

 真ん中の馬は風切丸であり、そこに(またが)っているのはもちろん鈴之(すずの)()雪音(ゆきね)である。

 横の一頭には賀屋(かや)(ろく)(ろう)が乗っている。

「蒼馬くん‼」

 雪音は叫ぶと馬を止めた。周りにいた人々が彼女の存在に気付いて足を止めて見上げる。

 彼女は右手を掲げて家々の向こうに見える城の天守閣を指し、

「みんな城へ!城下広場に一旦避難して!」

と、大声で呼びかけ、再び蒼馬のもとへ駆けてきた。

 蒼馬の横に来ると雪音と一心同体となった風切丸がぴたりと止まる。

「蒼馬くんも避難して!城下広場へ行くの!」

 雪音が強く言う。

「俺は北の大壁のところまで行って先生に何が起こってるのか知らせる役目なんだ」

 蒼馬が急いで答える。

「雪音ちゃんはどうするんだ?」

康太が割って入る。

「君も大門のところまで行くのか?」

「そうよ」

「危なくないか?北の蛮族が攻めて来たのかもしれないんだろう?」

「いや、違うわ」

 雪音は馬上からきっぱりと答えた。

「城の天守閣からは橋とその向こう側が見えるの。軍勢どころか、人っ子ひとり大橋を渡って来てない」

「じゃあなんで大門にいる兵士はこんなに鐘を鳴らしまくっているんだよ?」

 康太がさらに食い下がる。

「おそらくこの地震、というか地面の震えのせいよ。たぶん橋の周りはもっと強い震えがある。いずれにせよ、わたしはそれを確かめなければ」

「あの、雪姫のお友達さんたち」

 雪姫の斜め後ろに自分の馬をつけた賀屋(かや)禄郎(ろくろう)が馬上から蒼馬と康太に声を掛ける。

「良かったら雪姫様に城へ戻るよう言ってくれんかね。姫の父君や私らが言っても聞いてくれんのだよ」

「禄郎!」

 雪音が鋭い声で困り果てている様子の禄郎を制する。こういう状況になると普段は世話を焼き、必要ならば軽く(いさ)めることもある初老の家来と瞬時に関係が逆転するのだ。

 いつもの二人を知っているだけに、その変わり様に蒼馬も(ひる)んでしまう。

「蒼馬くん!」

 雪音がそんな蒼馬の動揺を感じたのか、禄郎にしたのと同じようにぴしゃりと言い放つ。

「私の後ろに乗って!一緒に大壁のところまで行きましょう」

「えっ。でも俺は馬に乗ったことなんかろくに無いよ」

「いいから早く」

 もうあれこれ考える余裕は無かった。蒼馬は雪音の(またが)る鞍に手をかけると、えいっと風切丸の背、(くら)の後ろの裸の背に飛び乗った。

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