第28話 第3章「それぞれの午後といつもと違う朝」その3
ほぼ同じ時間、鈴之緒雪音は賀屋禄朗をお供として一緒に城に帰ってくると、荷物を彼に預け、一人になるとすぐに城内に設けられた馬場へと向かった。
厩の横には常人で初老の男である家来が一人立っている。彼は馬場の手入れと馬の世話を担当していた。
雪音は彼にいつものように軽く会釈をすると、すぐに薄暗い厩に入って愛馬に声を掛けた。
「風切丸!」
木の板で区切られ、土の上に藁を敷いた小部屋のなかでその大きな黒馬は座り込んでいた。が、自分の名前を呼ばれるとすぐに立ち上がり、長い首を自分の小部屋の出入り口から厩の通路に突き出してヒヒン、といななく。
雪音は笑った。風切丸は牡馬だったが馬主である雪音を乗せるようになってもう三年は経っている。雪音にとって風切丸に乗っている時間は他のことを忘れていられる貴重な時間だった。風切丸にしても雪音を乗せて走るのをとても楽しんでいるのではないか、ともっぱらの評判であった。
雪音が風切丸の首に腕を回して可愛がっているときに、先程の家来が厩に入ってきて声を掛けた。
「あ、あの。よろしければ乗馬用に上に着るお服を持って参りましょうか。それと乗馬の先生をお呼びしますか?もう雪音様には先生が付かなくても大丈夫と思いますが」
「いや、いいの」
雪音はご機嫌になったままで答えた。
「服もこのままでいいの。それよりいつものように矢馳せ馬がしたいわ。こちらの準備はひとりでできるから、あなたは外で的の準備をして頂ける?」
「わかりました」
家来が一礼して出て行くと雪音はその首をなでてから一旦離し、馬の小部屋の出入り口に人の胸の高さで渡している木の板を外した。
小部屋の中に少し入り、風切丸の頭部に付けられている頭絡と呼ばれる細い革帯を引き、馬を通路にまで出した。風切丸は引かれるまでもなく、静かに従った。
雪音は風切丸と共に厩の隅にある木の棚にまで向かった。そこには雪音が矢馳せ馬をするためのものが一式置いており、馬の手綱や鞍も置いている。そんなことまで自分でしなくて良いのに、という周囲の声はいつもあったが、彼女は風切丸に関するすべてのことができるようになりたくて、鞍の乗せ方から馬糞の処理まで身に付けてしまっていた。
手綱を頭絡に繋ぎ、中敷きの布を風切丸の背に乗せ、その上によいしょ、と言いながら担いだ鞍を乗せ、せっせと鞍の下面に付いた馬用の腹帯を締める。
手綱を壁に取り付けた留め具に引っ掛けて自分の身に革の胸当てを着け、イグサを編んで作られた細長い笠帽子をかぶって顎ひもを締めた。
壁にある別の留め具にはすでに弓と矢筒に入った数本の矢が掛かっている。雪音は慣れた手つきでそれを外すと矢筒を肩にかけ、弓を片手にもう片手で手綱をとって風切丸を厩の外まで出した。




