第27話 第3章「それぞれの午後といつもと違う朝」その2
赤間康太と椎原加衣奈はいつものように並んで歩き、同じ方角にあるそれぞれの家に向かっていた。
西日になりつつある陽光に土壁の家々が照らされている。馬が歩きやすいように土がむき出しになった通りに木の戸口がすぐ面しており、それがずらりと同じように並んでいる。
ごく一般的な常人たちの、こじんまりとした家々だった。
通りにはちらほらと兵士ではない、常人の人々が歩いている。
一方で戸口の向こうからもそれぞれの音が聞こえ、それぞれの家庭の様子が伺い知れるようだった。
要塞都市として始まった北練井の街ではあったが、いまは戦闘ではなく日常の匂いがはるかに強い。五百年に渡る街の歴史のなかで、ここは遠征の拠点となることはあっても直接戦場になることは無かった。その歴史が作り上げたのどかな光景とも言える。
「…ねえ」
加衣奈が康史に声をかける。
「…なんだよ?」
康史はいつもの屈託のない加衣奈と違ったおずおずといった調子に軽い不安感を覚えながら応えた。
「…雪音ちゃんと蒼馬くんのことなんだけど」
加衣奈は相変わらず言いにくそうに続けた。
「雪音ちゃんって、ほら、蛇眼族じゃない?だから卒業したらやっぱり蛇眼族の男の人とお見合いすることになるのかなって」
「うーん、その…きみの言いたいことはわかるよ」
康太も言いにくそうにする。
「つまり、その、雪音ちゃんは蒼馬と一緒になれそうもないってことだろう?」
加衣奈は何も言わずうつむいた。
「これは俺が勝手に思ってることだけど」
康太は懸命に言葉を続けた。
「雪音ちゃんはこの世界をなんとか変えようとしてる。五百年も続いたこんな世の中をだよ。蛇眼族なんていう突然変異種の血筋を無理矢理繋げて列島世界の人間をすべて支配する王国を続けようなんて、どだい無理がありすぎるんだ」
「康太くん、やめて。洞爺坊先生も仰ってたでしょう」
加衣奈は離れて歩いている周囲の人々に目をやりつつ、小声だが強い語気で康太を止めた。
「この街は鈴之緒家の雪音ちゃんとお父様の一刹さまが治めてるし、真叡教も成錬派のお坊さんばかりだから私たち常人の発言も大概許されてるわ。でもだからって何でも許されるわけじゃないし、慶恩の都から鈴之緒家も知らない忍が送り込まれてるって噂があるじゃないの。わたしたちを引き締めるとか、そんな理由で」
「わかってるよ」
康太も小声になって応えた。
「俺が言いたいのは、雪音ちゃんはこの状況をなんとか変えて、蒼馬とずっと一緒にいられるようにするだろうってことさ。蒼馬だってああ見えてあいつはいつでもまずい状況をなんとか良くしてきた。だから心配せずに雪音ちゃんと蒼馬を見ていてやろうぜ」
「…そうね」
加衣奈は頷きながらも、なおもなにか言いたそうだった。
「どうしたんだい?」
康史が尋ねると加衣奈は顔を赤らめた。
「その…わたしたちの将来のことも考えなくちゃいけないなって」
それを聴いて康太は真顔になった。
「加衣奈。俺は考えてるよ」
加衣奈がはっとしたような顔で康太のほうを向く。
「ああ、その…加衣奈ちゃん、もうちょっと話したいから回り道して公園にでも行かないか?」
今度は康太が何か言いにくそうに加衣奈に持ちかける。
加衣奈は顔を赤らめながらもにっこりして「いいわね」と言った。
ふたりは表通りから右手に曲がり、奥の長屋の前を通った。
その先には、野原に人工的に掘られた小川のような水流が流れる他は、石造りの座る場所ぐらいしかないような公園がある。
そんな地味な公園でも若い恋人たちが語り合うのには十分なのだった。




