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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第23話 第2章「北の大崖と大橋と大壁と」その12

 「みんな、ここから北の大橋を見てみるんじゃ」

洞爺坊が呼びかけ、蒼馬は我に帰って峡谷側の縁に歩み寄った。他の生徒たちもそうしていて、幅広い石の縁壁から身を乗り出すようにして眺めている者もいる。長い間この街で育ってきて、北の大門の上に立ったのが初めての生徒も多いのだった。

 ここから下に見える北の大橋は、非常に精密に作られた幅広い道のように見える。その両側には大人の腹ぐらいの高さの角ばった縁壁が伸びている。

 不思議なことに、この橋は少なくともこの距離からみると継ぎ目というものが見えない。向こう側の端は遠く、絵に描かれた真っ直ぐな一本道のように小さく見えており、この橋の長さを感じさせる。

 そして橋の終着点、峡谷の向こう側に北方の側の大門が見えている。

 こちら側、北練井の側にも大門はあり、いま皆が立っているのはその上だった。

ただし蛇眼族の主導でそれは塞がれ、横に先刻皆が上がってきた階段が設けられたりしており、原形をとどめているとは言えない。

 北方の側の大門は違った。

 それは作られて以来、まったく手つかずのようであった。

ここからだと、“橋”と同様に非現実的な白さで、継ぎ目が見えない長方形のように見える巨大な物体が橋が伸びた先、大峡谷の縁に鎮座している。

 その真ん中には扉も無く、直線的に上がり上には弧を描いて開けられた穴がある。それを人は“門”と呼んでいた。

 門の向こう側には北方の世界、ただひたすら続く森が広がっているのだった。

 この橋がかかっている、荒々しくて恐ろしいまでに深い峡谷や、この一帯に見えている森の草木のような自然物のなかで、これらの建造物はあまりに異質だった。まるでこの橋と両端の大門のある空間だけが別の世界のようだった。


 「皆にはすでに教えているが、この橋を築いたのは前史文明の人々だと言われておる」

洞爺坊は話を続けている。

「何千年も昔の話だ。いま詳しい説明をするのは避けるが、現在の我々の技術では到底造れるようなものでは無いことがわかるであろう」

 「で、でも」

圧倒されたかのように普段は見ない大橋に見入りながら口を開いたのは赤間(せきま)(こう)()だった。

「なんでこんな凄いものを造れた文明が滅んでしまったんでしょう。一応習いましたけど、やっぱり不思議すぎます」

「うむ、そうじゃな。諸説あるが、まさにその凄いものを造れる能力がために自らを滅ぼしてしまった、というものが有力じゃ」

洞爺坊は返した。

「それを行き過ぎた呪術や魔術の力、と我らの学者たちは表現しておるがな。それ以上のことは今もってわかってはおらん」

「その…、“霧の領域”っていうのも前史文明の人々が作り出したんですか?」

 康太がなおも訊き、蒼馬は自分の眉がぴくりとするのを感じた。人々が日々普通に暮らす分には霧の領域は直接関係することでは無かった。だから自然とそれについては語ることが少なくなり、加えて語ることがあまりに難しいためなんだか語ってはいけないことのように扱われるようになっていたのだった。

 「霧の領域、か…」

洞爺坊は呟くように言った。

「実は今日、それについて語ってみたいと思っていたんじゃ。ここからはるか遠くに霧の領域が見えることは知っておるか?」

生徒は皆驚いたような顔で洞爺坊を見返した。

「ほれ、まずここから大崖の向こうに北方の山脈が見えるじゃろ。そのまた向こう側に常に霧が立ち込めているところがあるんじゃ」

 皆は洞爺坊の指差す方向に目を凝らした。北の大橋の向こう側、北方世界の端から先には見渡す限りの森林地帯が広がっている。広葉樹林から北国らしい針葉樹林まで種々雑多な木々が群生していた。その遥か向こう側に山脈が見えている。北方とはいえいまは夏の終わりであり、山々も緑に覆われているようだった。そのさらに向こうはあまりに遠く、全体的に霞がかったようにしか見えない。だが洞爺坊が指し示す方角に確かに、周りより白さが濃いように見えるところがある。

「まあ、ここからではよくわからんがの。そして我らが神奈ノ国の方角にもかすかではあるが山々の向こうに霧の領域らしきものが見える。ほれ」

洞爺坊は皆が目を凝らしていた反対方向を指差した。

 みな振り返ってまた目を凝らす。鈴之緒家の住む城を中心として北練井の街並みが旧外壁の内外に広がっているのをここ壁の上からは見渡せるのだが、その向こうには低い山々が連なっている。

 そのまた向こうにはより高い山々からなる山脈が見え、それも(かすみ)がかって見えるのだが、そこにも同様に周りより霧が濃くなっているように見える領域がある。

 つまりここからは今日のように天気さえ良ければ、おぼろげではあるが神奈ノ国、北方世界双方の霧の領域が見えるのだった。

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