第211話 第17章「再会までに」その1
ともに列島世界を旅してくださっているみなさま、いつもありがとうございます。
この話は一旦投稿した後、1日後に編集でかなり補足を入れています。
蒼馬の教えてもらった霧天狗という技に関して、もっと深掘りしたくなったのです。
前の稿をすでに読んでくださったみなさま、本当に申し訳ございません。
新しい話も楽しんで頂ければ幸いです。作者・石笛 実乃里より。
その後摩耶王女の側近と雪音、二王国連合忍者団の面々は会議の席を設けられ、赤間サヱ含め旅の一行は情報提供することとなった。
そこで彼らは摩耶王女の意図も知ることとなった。
摩耶王女はただ国境付近で堅柳宗次率いる侵攻軍を撃退することだけを考えているのではなかった。
返す刀でアテルイ王国の王都リューロウを奪還し、さらには北練井まで陥落させることを視野に入れているのだった。
堅柳宗次を“騙し討ち”しようとした、北練井に対する言わば裏工作にまで携わったと言えるセイリュウを重用する理由もそれらしかった。
いずれにせよ過酷な戦いになろうことには違いなかった。
セイリュウさん、そして彼の下に就くことになった蒼馬にはどれだけ伝わっているのだろう。
雪音は想い、いまも国境付近にいる蒼馬のことを想った。
蒼馬は天狗のお陰で自分でも意識しない間に剣術の腕を上げていた。
とくに心術を伴い、すれ違うように相手を斬る必殺技「霧天狗」があった。
竹刀を革袋で包んだ袋竹刀で他の兵士と試合しても必殺技を使う限り負けることは無かった。
だから腕自慢のセイリュウが蒼馬を相手に手合わせを望むのは自然なことだった。
そのときも蒼馬はただ袋竹刀を中段に構え、セイリュウと少し離れて相対していた。
セイリュウも袋竹刀を上段に構え、蒼馬を睨む。
そして気合一閃、踏み込みながら竹刀を蒼馬の頭に向けて振りかぶった。
蒼馬はただ半眼で踏み込み、袋竹刀を斜めやや上方に向け横に振った。
「参った!」
言い放ったのはセイリュウのほうだった。
「いま、首の動脈を斬られるはずだった!蒼馬、ずいぶん腕をあげたな!」
セイリュウは言い、額に滲んだ汗を片手でぬぐった。
「ありがとうございます」
蒼馬はにっこりと微笑んだ。
「練習させて頂きありがとうございました」
頭を下げる。
「わしも霧の領域で天狗さまに稽古をつけてもらわんとな」
セイリュウが言うと蒼馬は改めて説明した。
「天狗さまは技だけでなく、僕に不思議な感覚をくれたんです」
「ほう?」
セイリュウは興味深げに蒼馬を見た。
蒼馬は続けた。
「さっきの技、“霧天狗”を仕掛けているときだけ、相手の未来の動きがいくつかの像に分かれて、しかもゆっくり見えるみたいなんです」
「それはなんと…」
セイリュウは素直に驚いていた。
「さっきのわたしの動きもいくつかの像に分かれ、しかもゆっくりに見えていたのか?」
「ええ」
「にわかには信じ難い話だが…」
セイリュウは自分の顎髭に触れた。
「それで僕は、」
蒼馬は続けた。
「そのいくつかの像の中から自分が一瞬後に手に入れたい未来を選ぶだけなんです。つまり自分が勝つ、生き残る未来です。それで結局自分が選んだ像の通りになっているんです」
「それは…」
セイリュウは慎重に言葉を選びながら言った。
「武術の技でありながら同時に一瞬後の現実を操る技術にもなっているな」
そして続ける。
「本当なら凄まじいほどの利点ではあるな。堅柳宗次と相対したとき、随分と機敏なものだと思ったものだが、それなら彼を倒す勝機も掴めるかもしれん」
「はい」
蒼馬は神妙に頷いた。
「ですから、初めから霧天狗の技が出せない場合、そこで倒されるわけにはいかないんです。だからそれをしのぐためにも、セイリュウさまに稽古をつけてもらいたいんです」
「わたしはまったく構わないが、さまはいらんな」
セイリュウは髪を長く伸ばし、後ろで束ねた頭をぼりぼりと掻いた。
「セイリュウさんでいい。蒼馬くんは部下だが、さっきは手合わせで負けてしまったしな。それにもし君の父親が生きておったらしてやるであろうことをしているに過ぎんからな」
そう言ってセイリュウは遠くを見る目つきとなった。
「あの…セイリュウさん」
蒼馬はおずおずと尋ねた。
「僕の父親…草原塩嶺と呼ばれていた人について何か知っていますか?」
「わしは人づてに聞いたことしか知らん」
セイリュウは遠くを見たまま答えた。
「開国派の重要人物であったことぐらいだな」
「でも、アテルイ王国に忍び込んできた洞爺坊先生を助けたんですよね」
蒼馬は言い、セイリュウは肯いた。
「ああ。それで結局アテルイ王国の文明に多大な発展をもたらすことになった。農業や建築だな」
「きっと父はセイリュウさんのような人だったと思うんです」
蒼馬はセイリュウを見つめながら言った。
「親切でみんなに慕われてて…」
「他人を誉め殺すのはそこまでにしてくれ」
セイリュウはにっこり微笑みながら言った。
「では、稽古を続けるかな?それとももう少し続けようか?」
「もう少しお願いします」
結局ふたりは夕方近くまで剣の稽古をしたのだった。




