第210話 第16章「王都ケイルリへ」その3
雪音は
「ありがとうございます。父が聞けば喜ぶでしょう」と答えた。
「あなたの国で言う成錬派、わたしたちの王国では本流である伝統派の真叡教のことですが、」
摩耶はやはり雪音を真っ直ぐ見つめながら慎重な様子で話した。
「昨日龍鳥さまにお伺いを立てました。あなたは教典に記された“おわらせるもの“の素養があるとか」
雪音はそれを聴いて答えた。
「国境の霧の領域でわたし自身龍鳥さまにそう言われました。龍鳥さまに“おわらせるもの”としての人生を選び取るかどうか問われたのですが、わたしは断ってしまいました」
「そうすると“おわらせるもの”は…」
摩耶の言葉に雪音は答えた。
「龍鳥さまはある少年の幻影をわたしに見せてくれました」
「その幻影ならわたしも観ました」
摩耶は言った。
「そして龍鳥さまは仰いました。“おわらせるもの”の名は雪音さまの敵にあたるものに与えられるであろうと」
「わたしの敵…堅柳宗次ですか?ただ彼はもう少年ではありません」
雪音は言った。
「ただ彼には堅柳の郷に残した息子がひとりいます」
答えたのは小三治だった。
「そうですか・・」
摩耶は答え、また視線を雪音に戻して真っ直ぐに見つめた。
「あなたは良いのですか、雪音さま?あなたは蛇眼族をも操れる“龍眼”をお持ちだと伺っています。もしわたしたちの時代に“おわらせるもの”が現れるとしたら、それは雪音さまを於いて他にはないと」
小三治が大きくうなずいた。
雪音も摩耶を真っ直ぐ見つめ、静かに答えた。
「霧の領域で龍鳥さまも同じようなことを言われました。そして私は“おわらせるもの”として生きる道と、いま好意を持っている男性とともにひとりの女性として生きる道と、どちらかを選ぶよう問われました。そしてわたしは後者を選んだのです」
「まあ…」
摩耶王女は両眼を真ん丸に見開いた。
そして息をひとつ深く吸うと言った。
「つまりあなたはあなた自身の人生を自分で選び取ったのですね?」
「はい」
「ならばそれを他人がどうこう言うべきではありませんね」
「でも、雪音姫さまは本当にそれでいいんですか?」
横から口を差し挟んできたのは小三治だった。
「もしかしたらそうすることで“おわらせるもの”の座が鈴之緒家から宿敵の堅柳家に移ってしまうかもって話でしょう?」
なにか言おうと口を開きかけた雪音に代わって話したのは摩耶王女だった。
「二王国連合忍者団の者よ、聞きなさい。雪音さまが仇とみなしているのはあくまで堅柳宗次です。まだ幼いであろう彼の息子まで敵視するなど、雪音さまのすることではない。そうでしょう?」
雪音はうなずいた。
次に摩耶王女は矢本奈央のほうを向いた。
「矢本奈央姫、龍鳥さまはあなたのことも仰っていました」
「はい。わたしも霧の領域で龍鳥さまに会いました」
奈央は言った。
「あなたが会ったのは龍鳥さまだけではないはずです」
摩耶王女は言った。
「霧の領域ではあなたはふたりの人間になる」
奈央は摩耶王女を両眼を真ん丸にして見つめた。
摩耶王女は続けた。
「あなた自身とあなたがその卓越した蛇眼破りの能力を明け渡した相手、邪鬼姫。霧の領域ではあなたはふたりとなる」
奈央は黙り込み、摩耶王女を見つめた。
「だけど邪鬼姫はそれを良しとしていない。邪鬼姫はあなたとひとつとなり、あなたに自分の能力を返すことを望んでいる」
「でも…」
奈央は言い淀んだ。
「そう」
摩耶王女が返す。
「それはまだ為されていない。前回も邪鬼姫はそれを望んだが、それは為されなかった」
忍者団のなかで、純史郎はうつむいた。
イズクメはそれを見てまだ彼が霧の領域で起こったことに関して自分を責めているであろうことを知った。
「それはこれから為されるでしょう」
摩耶王女は言った。
「近いうちにそれは為され、あなたは再び偉大な“蛇眼破りの声”を手に入れ、我が軍を勝利に導くでしょう。それが龍鳥さまのお告げです。ただ…」
「はい?」
奈央姫は不安そうな眼を摩耶王女に向けた。
「もう一度、邪鬼姫と奈央姫には大きな困難が訪れるでしょう。ここからの帰り道には用心することです」
摩耶王女はそう言うと微笑み、踵を返して王座にもどった。
一同はそこで謁見の広間を退出し、入浴と食事に臨んだ。




