第21話 第2章「北の大崖と大橋と大壁と」その10
そこは一見するとさびれた広場だった。手入れされなくなって汚れた石畳が広がっている。大きな敷石の隙間から好き勝手に生えた草々がより寂しい印象を強めている。
「これは北練井がはじめ要塞として築かれた時から在るものじゃ。もっともそのときにはこの辺りに色々と物々しい処刑道具が並んでおった。絞首台といって、文字通り絞首刑のための台とか、あとは斬首刑のための台とかの。わしも若い頃それらが並んでいるのを見たもんじゃ。ほれ、その石畳のあいだに穴があるだろう。ここに太い木の棒を差し込んで罪人を縛り付け、槍で刺したり刀で斬殺刑にするためのものじゃ。罪人は処刑された後、その遺体は大崖の下の河まで落とされたのじゃ。北方から秘かに見ている者たちを脅すためにもな」
「わたし、すごく気持ちが悪い」
加衣奈が突然言った。見ると本当に顔が蒼くなっている。
「ああ、そうだな。俺も気分が悪くなってきた」
康太までそんなことを言っている。言いながらも加衣奈を支えるようにしてその場から少し遠ざかった。他の女子生徒も気分が悪そうな顔をしてその場から遠ざかっていた。
「これはすまんかった」
洞爺坊が禿げ頭を掻いて生徒に謝る。
「女子生徒に話すにはあまりに血なまぐさい内容じゃったの」
「でももう、そういった見せしめ的な刑罰が行われなくなって二十年以上経つと思います」
雪音が洞爺坊に話しかけた。
「その、先の北方侵攻計画のときに北練井に乗り込んできた将軍——堅柳一族の宗貞将軍のことですけど——彼が北方からの密偵の疑いをかけた常人たちをここで処刑したのですよね」
「その通りですな、雪姫どの」
洞爺坊は生徒とはいえ、北方鎮守府将軍の娘で同じ蛇眼族である雪音には敬称を使っている。雪音はいつもそれをわずかに嫌がるような素振りを見せていた。皆と同じ呼び方で良いのに、と蒼馬にこぼしたものだった。
「わたしはそれを直接見ましたからな」
洞爺坊は峡谷の向こう側に心なしか険しい眼差しを向けながら続けた。
「まったく嫌なことでしたな」
「父はその処分には反対し続けたと聞いています」
雪音も洞爺坊と同じ方向を見ながら言葉を返した。
「それで宗貞将軍はしぶしぶそれ以上の処刑を止めたそうです。結局それ以降この場所は使われず、父は処刑用の設備もすべて撤去させ、処刑を北練井の民衆や大崖の向こう側に見せつけることも無くなりました」
「そう。その騒動の直後に行われた第四次北方侵攻計画は失敗に終わり、宗貞将軍は討ち死にされてしまわれましたな」
洞爺坊は視線を雪音に向け、続けた。
「さすが雪姫どの、こういったことに関しては私の講釈は無用ですな」
「いえ、そんなことはありません」
雪音は首を横に振った。
「ただ、もし私に権限があればこの石畳も撤去させ、ここにも壁を築きます。もう決して使われることのないように」
「それは善きことですな」
洞爺坊は言う。
「ただ…北方鎮守府が侵攻計画に疑問を呈してからもう長い年月が経ちましたな。それは鈴之緒家の先代将軍、界理様の頃より顕著になりました。成錬派の誕生がすべてを変えてしまったのですじゃ。」
「ええ」
「だからといって慶恩の都はたやすくあなたがた鈴之緒家を代々続く北方鎮守府将軍職から外しはできませなんだ。他の北部諸侯と我ら北部の真叡教成錬派の寺院群があなたがた一族の残留を主張しましたからな」
「…感謝しますわ」
「まあ、鈴之緒家以外の誰か、となると慶恩の都がいつも北方侵攻に送ってくる堅柳一族が後釜に就く可能性が大ですし、彼らは北部では相当な嫌われようですからな」
洞爺坊は小声になりながらふん、と鼻を鳴らすような音をたてる。
「そうなのですか」
「そうなのです。だが雪姫どの、注意なされよ。堅柳宗貞は先の北方侵攻で亡くなってしまいましたが、かれには息子がおります。父親が討ち死にされたときは子供でしたが、もうとうに成人し、なかなかの武人に育っておられるとか。彼は父の北方侵攻が失敗したのは貴家の消極的な態度が原因だったと思い、恨んでおると聞いたことがあります」
「ええ。実際堅柳家との関係は我ら鈴之緒家にとって代々頭の痛い問題なのです」
そこで洞爺坊は周辺の生徒たちが不満そうな空気を発しているのに気が付いた。
彼らを相当待たしてしまったらしい。雪音もそのことに気付き、少し気まずそうにする。
「皆すまんかったの。では“橋”のほうまで行こうか」
洞爺坊が歩き出すと皆もその後ろから歩き出す。蒼馬は加衣奈も康太も元気を取り戻したのを見て安心していた。




