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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里


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第207話 第15章「国境の砦」その3

(じゃ)()(ひめ)はずる賢そうに笑って言った。

「いやなに、わたしも今夜初めてこの男に誘われてね。聞けば新しい王国では()本家(もとけ)を特別な貴族にしてくれて、永遠に貧しくならないようにしてくれるっていうじゃないか。それで親父さんにせめてもの罪滅ぼしにならないかと思ってね」

「邪鬼姫!奈央姫!あなたは(だま)されてる!」

言いながらも雪音は驚き、うろたえていた。

正直なところ、雪音は蛇眼破りの声をその心術(しんじゅつ)より下にみるきらいがあった。

根本的に蛇眼を打ち消す心術に比べ、声は暗示の上塗りに過ぎないと考えていたからであった。

それに加え、声は心術に比べやや効力に劣るように感じていたのも事実であった。

だがこの邪鬼姫の声はどうだろう。

イズクメが何にせよ奈央姫、そして邪鬼姫を放置しようとしなかった理由が今となってはわかる。

だが、今それは侵攻軍の蛇眼に対抗できる存在ではなく、逆に侵攻に対する希望のひとつである雪音の(りゅう)(がん)を無効化しているのであった。

(すき)あり!」

(けむり)(へび)が叫んだ。

(ふところ)から布袋を(つか)み、雪音の方に投げつけたのだった。

途端、辺りに煙が立ち込める。

雪音も煙に包まれた。

思わず手で口を押えたが、遅かった。

雪音は両眼に龍眼の炎をわずかに灯したまま、その場に崩れ折れるように倒れた。

気を失った彼女を見て煙蛇は思わず音を立てて息を吐いた。

「危なかった」

思わず言ってしまう。

「龍眼にやられるところだった。良くない結末ではあるが首領にはいざとなれば彼女を無傷でさらってくるよう命じられている。そうさせて頂くことにしよう。さあ、奈央姫も一緒に参りましょうぞ」

そのときだった。

「雪音ちゃん!」

叫びながら走り寄ってくるひとりの人影があった。

草原(くさはら)(そう)()であった。片手に(さや)に入った刀をつかんだままである。

「なんだ。雪音姫さまの付き人の男か」

煙蛇は蒼馬に言った。

蒼馬は構わず雪音に駆け寄り、抱き上げた。

「雪音ちゃん!目を覚ますんだ!」

「付き人の男よ」

煙蛇は続けて蒼馬に言った。

「おまえはただの常人だと情報を得ている。またおまえの命は必要なら取っても良いと命令が下されている。このまま雪音姫様をおいて立ち去るならよし、そうしなければおまえはここで命を失うことになる」

「馬鹿をいうな!」

蒼馬は叫び、またうっすら目を開けたばかりの雪音を抱き上げた。

「雪音ちゃん、さあ一緒に帰ろう」

雪音がかすかに口を開いた。

「蒼馬くん…気をつけて…」

「残念ながら気を付けても無駄であろうな」

煙蛇は背中に右腕をまわした。

暗闇で見えなかったのだが、背中に付けた真っ黒な忍者刀を抜いたのだった。

蒼馬もそれに応じ、一旦意識を取り戻しつつある雪音から離れ、手に持った刀を抜いて鞘を足元に落とした。

「二度とその刀は鞘には戻らない、ということか」

と煙蛇は言い、蒼馬は

「ずいぶんとありきたりなことを言うんだな」

と応じながら天狗に教わった中段の構えをとる。

凄まじい速さで動いたのは煙蛇だった。

蒼馬の横を駆け抜けるようにしながら刀を横一文字に一閃させる。

蒼馬も同時に刀を振り抜いた。

刀を横に振り抜いた姿勢のまま煙蛇の顔はしばらくにやついていた。

蒼馬に対し圧倒的な勝利を確信している笑い顔であった。

だが次の瞬間、煙蛇の口から鮮血が噴き出した。

信じられない表情と化した煙蛇はそのまま倒れた。

そして二度と刀を背中の鞘におさめることはなかった。

「やった…」

蒼馬は思わず声を発した。

「天狗様、やりました。“霧天狗”ができました。ありがとうございます」

蒼馬が無意識に言うとかなり意識の戻った雪音が冷たい地面に倒れたまま

「蒼馬くん…」

と彼の名を呼んだ。

蒼馬は返り血をしたたらせた刀を片手につかんだまま再び彼女のもとに駆け寄った。

「雪音ちゃん、襲ってきた忍者に勝ったよ。俺は大丈夫。雪音ちゃんはどう?俺が助けるから三方ヶ原砦に帰れるかい?」

「じゃ…邪鬼姫は?」

雪音は朦朧としたまま蒼馬に尋ねた。

「邪鬼姫?奈央姫さまのもうひとつの人格のことかい?彼女がここにいたの?」

「ええ。まだいるの?」

「いや。誰もいないよ」

そのとき、離れた場所からおーい、と声がする。

小三治やイズクメ、純史郎や鳥十郎といった二王国連合忍者団の面々であった。

「二人ともこんな所にいたのか…おい、なんだその倒れている忍者は⁈蒼馬、おまえが斬ったのか?」

小三治が相変わらず忍者らしからぬ素っ頓狂な声を上げる。

横にいるイズクメが言った。

「小三治がすぐ蒼馬の坊やがいなくなったことに気付いてね。砦の門番が蛇眼にかかっていることにもすぐ気が付いてここまで探しに来たってわけさ。ところでそこに倒れている奴は蛇眼の忍団の奴だね?」

「そうです」

倒れたまま上半身だけ起こして蒼馬に支えられ、手で痛む頭を押さえて雪音が応えた。

「彼は蛇眼の忍団の首領に命じられ、私を誘拐しに来たのです。蒼馬くんがそれを阻止してくれました」

「そうですか」

小三治は言い、蒼馬に

「蛇眼の忍団に勝つとはおまえ、腕を上げたな。これからみんなで雪音姫さまを砦まで運んで、医者を叩き起こして手当てをさせよう」

「ありがとうございます」

だいぶ意識の戻ってきた雪音は答えた。

「ところで邪鬼姫はいませんか?奈央姫のもうひとつの人格の…彼女が蛇眼の忍団にそそのかされてわたしの龍眼を破ったのです」

後からわかった話なのだが、二王国連合忍者団の面々も蒼馬がいなくなったことに気付いた時点では奈央姫の所在までも確認しなかった。

雪音から邪鬼姫の話を聞き、急ぎ奈央姫の部屋を確認したが、そのときには寝床ですやすやと眠る奈央を確認したのみで、邪鬼姫の姿はどこにもなかった。

どうやら邪鬼姫は忍者の目をも盗む速さで奈央姫のあてがわれた部屋に戻り、奈央姫に戻って眠りについたのであろうということになった。

そんなわけで皆は砦に戻り、幸い雪音の状態もすぐに戻った。

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