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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第203話 第14章「国境越え」その9

矢立(やたて)奈央(なお)姫は青サギのような大きな鳥と邪鬼姫(じゃくひめ)の後を追っていた。

邪鬼姫は青サギになにか話しかけているようでもあり、完全に青サギを(あやつ)っているようにも見える。

そこから離れて二王国連合忍者団の四人、イズクメと純史郎(じゅんしろう)鳥十郎(とりじゅうろう)陰七(かげしち)が隠れながら奈央姫をつけていく。

邪鬼姫はそれがわかっているのか時々後ろをちらちら見ながら進んでいた。

しばらくすると低い岩の上に止まった龍鳥(りゅうちょう)が良く見える場所まで近付き、奈央姫も忍者団の面々もその威容に圧倒された。

邪鬼姫と一緒に進んでいた鳥は半ば飛び、半ばはその長い足で荒れ地に着地して一、二歩歩くようにして進んでいたが、不意に飛び上がると岩が一段高くなった場所に着地した。

ひと声、甲高い声で鳴く。

鳥の前にはなにかがいた。

それは一匹の(さる)だった。

鳥の降り立った岩の上に座っている。

鳥は言った。

「俺は龍鳥さまの言葉まではわからねえ。だからあとはたのむよ」

猿は

「まかせておきな」

とだけいい、鳥はそれを聞くとうなずいて邪鬼姫を残し霧の向こうへ飛び去った。

「猿よ、ここからはおまえが龍鳥さまの口になるのか?」

邪鬼姫は言った。

猿は鼻を鳴らし、

「失礼な!」

とだけ言った。

「わが名は狒狒助(ひひすけ)、兄弟とともにこの霧の領域にて龍鳥さまの言葉を人に伝えるものぞ!」

そして奈央姫のほうを向き、

「いまごろ我が兄たちもおまえの友に龍鳥さまのお言葉を伝えておるだろうに。龍鳥さまは同時にいろんな場所に現れるものだから、一匹だけでは仕事がつとまらん」

と言った。

その名の通り、猿と言うよりヒヒと言ったほうがしっくりする大きさで長くて器用に動く尻尾を持ち、長く大きな顔に七色の隈取(くまど)りをしているように見える。

そのとき龍鳥が静かに鳴き、動きをみせた。

鉤爪(かぎづめ)のついた片手をそっと奈央姫に伸ばす。

奈央姫もそうしなければいけないような気持ちに駆られて片手を伸ばし、彼女と龍鳥はそっと触れ合った。

奈央姫は龍鳥の鉤爪から知性や優しさとでもいうべきものが自分に流れ込むのを感じた。

「龍鳥さまはね」

離れて立つ邪鬼姫が言った。

「わたしたちを(あわ)れんでくださっているんだ。同時にこれから始まる蛇眼族との(いくさ)のために、あたしの力をあんたに返すようにいってる」

「そのとおりだ」

狒狒助が言葉を継いだ。

「龍鳥さまは生命の進化を(つかさど)るといわれておるだけに、此度(こたび)の戦で常人たちが永く続く蛇眼族の支配という進化のあやまちを正してくれることに期待しておられるのだ」

「蛇眼族の永く続いた過ちを正す…」

奈央姫はぼんやりとつぶやいた。

狒狒助は続けて言った。

「そうだ。だがそのために絶対必要なものはわかるな?」

「蛇眼破り…」

「その通りだ。心術であれ声であれ、蛇眼破りが絶対必要なのだ。そして奈央姫よ、おまえは大軍勢が一気に蛇眼破りができるようになるほどの声の持ち主だった」

「でもわたしは…」

「そうだ。いまのおまえからその力は失われ、邪鬼姫でいるときしかその力は発現しない。だから今一度、ふたりがひとつになり、ふたたび統合される必要がある」

「でもわたし!」

奈央姫の声が鋭くなり、後ろの岩陰で身を潜めていた純史郎があわてて飛び出そうとしてイズクメになんとか引き止められた。

「でもわたし、戦いがいやなんです」

奈央姫は続けた。

「わたしのせいで人が死ぬのがいやなんです」

そこで龍鳥がひと声低く鳴いた。

狒狒助は龍鳥を見て、それから言った。

「それはわかる。だがそうしないと、数多くの罪なき常人が蛇眼族に殺されることになってしまう。おまえはそれでもいいのか?」

邪鬼姫がなにか懇願するような顔をしてこちらを見て立っている。

奈央姫は苦しそうな表情をしていたが、突然顔を両手で(おお)った。

「だめ!だめなの!わたし、できない!人が殺されるようなことに巻き込まれることなんて、わたしできない!」

傍目には奈央姫がかつてのように恐慌に陥ったように見えた。

岩陰にいた純史郎は今度は他の仲間たちの制止を振り切り、飛び出した。

「奈央姫さん!大丈夫ですか!」

純史郎は奈央姫の横まで駆け寄った。

後ろにいるイズクメがああしまった、というような表情をする。

純史郎は構わず邪鬼姫と狒狒助を睨みつけた。

「おまえたち、人を説得するのにも言い方ってものがあるだろう?正義めいた言葉で人を脅して追い詰めるなんて——」

そこで龍鳥がひと声鋭く鳴いた。

翼をはためかせ、岩地から飛び立つ。

そしてあっという間に霧の向こうへと飛び去る。

それを見て邪鬼姫も狒狒助もため息をついた。

「これで今回の話は終わりだ」

狒狒助は言った

「機会があれば、また会おう」

「待ってるよ」

邪鬼姫が言った。

そして邪鬼姫ひとりと猿一匹もまた霧の向こうに消えてしまった。

純史郎はここでようやく自分が何をしでかしたか理解した。

彼は奈央姫に向かって土下座した。

「奈央姫さん、ごめんなさい!あなたの叫び声が聞こえたもんで、俺取り乱しちまって——」

「いいんです、いいんです!」

純史郎の土下座姿に驚いて奈央姫は両眼に涙を浮かべたまま慌てて言った。

「純史郎さんにも考えがあってやったことでしょう?」

「このおたんこなすに人並(ひとな)みの考えなんぞあるものか!」

岩陰から鳥十郎、陰七とともに出てきたイズクメが吐き捨てた。

そして奈央姫の方を向き、言う。

「ともかく今回はこれで終わりだ。また次の機会があればいいけどね」

「はい…」

自信無げに答える奈央姫を見てイズクメはかすかに

「ごめんね」

とだけ言い、(きびす)を返して元の道へ戻る素振りをした。

一同はそれに従った。

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