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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第202話 第14章「国境越え」その8

鈴之緒(すずのお)雪音(ゆきね)は愛馬の風切丸(かぜきりまる)の背に乗って猿の後を追っていた。

その先には龍鳥が止まる岩山がある。

四つ足で駆けていた猿がぴたりと止まり、尻尾を高く掲げたまま七色の隈取(くまど)りが入ったような顔を向け、こちらを振り返る。

にいっ、と猿は笑ったように見えた。

そして龍鳥のほうへ向き直り、

「龍鳥さま、鈴之緒雪音姫をお連れしましたぞ!」

と言った。

霧に包まれているとはいえ、ここまで近いと龍鳥の姿はかなり鮮明に見えた。

その体は城のように巨大で、黄金色の羽毛に包まれている。

これも巨大な四肢には鉤爪のついた手足があり、背中からは体と同じかそれより少し大きいぐらいの翼が広がり、揺らめいている。

そして長い首の先端についているのはまごうことなき角のついた龍のあたまであった。

まさに翼を持つ龍、龍鳥である。

そして少なくともこの龍鳥の巨大な紅い両眼は知性的で、優しく雪音を見つめていた。

「さて」

猿は後ろ脚だけでそこに座り、雪音の方を向いてこほんと咳払いするような仕草をした。

「我が名は狒狒太郎(ひひたろう)。一族で龍鳥さまがこの霧の領域にお出ましになるときに人の言葉を代わりに話す役をしておる。そなたの恋人の男の前にも龍鳥さまは現れたのだが、そこには我が弟が行ったはず」

「蒼馬くんのところにもですか?彼はまだわたしの恋人とは言えないのですが…」

「まあまあ」

狒狒太郎は再びにっと笑ったような顔をした。

「龍鳥さまは下賤(げせん)な人間の言葉を話されない。だからこれからもわたしが代わりに話す。いいかな?」

「はい…」

「よろしい。では龍鳥さまからのお言葉を伝える。馬にのったままで構わないのでよく聞くように」

狒狒太郎は咳払いするような仕草をして言った。

「鈴之緒雪音よ」

「はい」

「おまえの前にはいま、道がふたつある」

狒狒太郎が言いながら龍鳥をちらりと見る。

龍鳥は変わらず優し気な深い視線を雪音と風切丸に注いでいた。

巨大な翼を揺らめかせている。

風切丸が軽く首を振ってひひん、といなないた。

「道のうちひとつは“おわらせるもの”への道、光り輝く道である」

狒狒太郎は続けた。

「真叡教の教典を読む者ならば知っているであろう。“おわらせるもの”は神奈ノ国における蛇眼族の統治を終わらせ、次の時代、善き蛇眼族と常人による新時代の道を(ひら)く者なり」

「わたしが…おわらせるもの…」

「龍鳥さまがそなたの前に示す道のひとつがそれなり」

「もうひとつは…」

雪音の問いに狒狒太郎は少し顔をしかめたように見えた。

「もうひとつの道は“おわらせるもの”の輝きに比べればちと地味なものである」

狒狒太郎はなにか言いづらそうだった。

「具体的には、どういうことなのでしょう」

と雪音は(うなが)した。

狒狒太郎が仕方なさそうに口を開く。

「常人の男に恋をして一緒に生きることだ。そなたの持つ類稀なる“龍眼”の力も使われぬまま衰え、子には受け継がれず一代限りで終わりとなろう」

と言ってため息をついた。

「“龍眼”が受け継がれず一代限りというのは、“おわらせるもの”の道を選んでも同じことなのではないでしょうか」

雪音は指摘して、龍鳥のほうを向いた。

「龍鳥さま」

雪音は問いかけた。

「もしわたしが後者の道を選び、“おわらせるもの”にならなかった場合、この世界はどうなるのでしょうか。蛇眼族の世がずっと続くのでしょうか」

龍鳥がその翼をはためかせ、ひと声鳴いた。

すると霧の一部分が球状にぼうっと明るくなった。

よく見るとその中に蜃気楼のようになにか情景が見える。

それは少年だった。

河原のような場所に座り込み、前を見据えている。

なにか確固とした意志の強さを感じさせる表情の少年であった。

龍鳥がまたひと声鳴いた。

狒狒太郎が説明した。

「その場合彼が“おわらせるもの”となる。かれはおまえの(かたき)にあたる男の息子でもある」

堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)の息子…いつですか?かれが“おわらせるもの”になるのは?」

「龍鳥さまによれば二十年もしないうちに、ということだ」

雪音はしばらく黙っていた。

そして両眼を閉じた。

しびれを切らしたように狒狒太郎が問うた。

「それで、結局どちらの道を選ぶ?」

「蛇眼族の一方的な支配を終わらせることはわたしと父上の悲願でした」

雪音は静かに言った。

「おお、鈴之緒一刹(いっせつ)殿か。そうであったな」

「父上のことをご存知なのですか?」

「もちろんだ。悪しき蛇眼族に討たれたこともな。では亡き父上の遺志を継がれるのだな?」

「父上はまた、蛇眼族と常人とが平和に手を携える未来を夢見ていました。また私に関しては、龍眼の能力に頼らず自分らしく生きることを望んでいました」

「ということは…」

「“おわらせるもの”はあの少年がなるべきです。わたしは愛する常人の男の人と一緒になりたいです」

顔を赤くしながらも、雪音はきっぱりと言い切った。

風切丸がもう一度ひひん、といななく。

龍鳥がまた一声鳴いた。

狒狒太郎はため息をついた。

「龍鳥さまはそなたの返答をしかと受け止めた、と申しておる」

狒狒太郎は言った。

龍鳥はさらに一声鳴くと、翼を広げた。

周辺に風が巻き起こり、龍鳥はよりいっそう力強く羽ばたいた。

そしてついにその体は岩山から浮かび上がり、霧の空に飛び上がった。

「龍鳥さま…」

それを見上げて雪音がつぶやくと、狒狒太郎が

「龍鳥さまは去られた。私の役割もこれにて終了である」

と言って霧の向こうに四つ足で駆けて行った。

狒狒太郎のぴんと立った尻尾が霧の向こうから見え、雪音は風切丸の上からそれを見つめていた。


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