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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第200話 第14章「国境越え」その6

「おまえは過去武術をならったことがあるか?」

「はい」

蒼馬 は革袋に包まれた木刀を握り、試しに振りながら答えた。

「学問所で、北方鎮守府武士団に元いたおじいさんを呼んで教わってたんです。北練井以外の街では常人は武術を習えないんですけど、その学問所では北方鎮守府最高司令官だった殿さまのご厚意で常人も蛇眼族も一緒に武術を習えたんです」

言いながら蒼馬は懐かしさがこみ上げてきて胸がいっぱいになった。

と同時に赤間康太、鈴之緒一刹とはもう会えないのだと改めて感じ、悲しくなった。

「鈴之緒一刹殿か。善き蛇眼族の代表のようなお方であったな。亡くなったのはまことに残念であったな」

蒼馬は天狗がそこまで知っていることに驚いた。

「彼の許しで武術を教わっていたのは幸いなことであったな。だがこれからはひとまず忘れて欲しい。これからどの方向からでも安定して人を斬れる振り方を教える」

「はい」

「その練習と、それが身についたら私を相手にひたすら試し合いだ。そのときに必要な技は教える」

「はい」

天狗の剣術は単純なものだった。

蒼馬にとってはちょっと拍子抜けするほど単純だった。

天狗はいままで教わったことは忘れるように言ったが、ほぼ同じものだったので忘れる必要もなかったかもしれない。

上方向、下方向、左右、両方の斜め方向の上下からと八方向からの斬り方、そして突き方を教わった。

天狗は教え方自体は丁寧であった。

八方向と突き方の九種類の基本技を蒼馬は革袋付きの木刀で練習した。

それだけで数時間はかかっただろうか。

不思議なことに、蒼馬は空腹にならなかった。

蒼馬の乗って来た馬も、広い場所の片隅に枯れ木があったので繋いでおいたのだが、荒れ地の中空腹に餌を要求する素振りもない。

きっと時間に関してなにか仕掛けがされていて、実際にはそんなに時はすぎていないのだろうと思われた。

続いて天狗との試し合いになったのだが、はじめのうちは酷いものだった。

蒼馬がどんなふうに剣を振っても次の瞬間には天狗に打ち据えられ、痛い思いをするか地面に倒れているかだった。

「まだだめだ。戦いの経験が足りない」

天狗は地面に倒れる蒼馬を見ながら落ち着き払って言った。

「堅柳宗次さえ凌ぐ経験量をここで蓄積しなければならない」

「はい!」

蒼馬は返事すると木刀を構えなおし、天狗に何度でも向かって行った。

天狗はその度技や太刀筋を変化させ、まるで何人も違う相手と試し合いをしているようであった。

蒼馬の攻撃に対しその都度違った反応や受け方もする。

あるときは機敏にひらりとかわす。

またあるときは蒼馬に勝る力で正面から受け、跳ね返す。

蒼馬ははじめ受けられ、反応されるたびに崩れていた。

だがそのうち、受けられても崩れず次の技を繰り出したり、天狗の攻撃を受けたりできるようになった。

この間蒼馬はひたすら熱中していたが、疲れることが無かった。

どうしてかはわからないが、疲れないのであった。

そうこうしているうち、蒼馬の一振りが天狗の腕に当たった。

いままでのように空振りすると思っていた蒼馬は思わず

「すいません!」

と言ってしまった。

天狗はただ、

「腕を上げたな!だがまだまだ!」

と応じただけで次の攻撃を繰り出してきたので、蒼馬も試し合いを続けなければいけなかった。


もう何か月も天狗とひたすら剣の稽古をしているかのような気分になってきたときだった。

「もう集中力が途切れてきたのか?」

と言いながら振られてきた天狗の剣をほぼ無意識に自分の木刀受け流し、反撃の一振りをすると——。

天狗は前頭部に頭襟ときんと呼ばれる小さな円形、尖頭の被り物をしていたのだが、それに蒼馬の木刀がまともに当たった。

蒼馬はすかさず剣を引き、今度は天狗の胸に突きを入れる。

天狗の心臓にあたる部分に蒼馬の木刀の切っ先がどん、と当たる。

さすがに天狗もその場にうずくまってしまった。

蒼馬は剣を降ろしまた思わず

「すいません!」と言ってしまった。

天狗はよろよろと立ち上がった。

「基本の技はうまいこと教えられたようだ。ではそれを組み合わせた技を教えようか。それとあとは居合と素手の技が残っておるな」

と言った。

そして蒼馬と天狗は次の修行、次の技の習得に移ることになった。

「この技は見たところ何も変わったところがない」

天狗は言った。

「ただ向かって来た相手を斬る。それだけだ。」

「はい」

蒼馬はうなずいた。

「だが刀を振る瞬間、自分には相手の動きがゆっくりと見え、次にどう動くかがわかる。いわば一瞬だけ時間を操れる業だ。修得できれば無敵の技になろうかと思う。わしもまだ人間に教えたことはない。蒼馬よ、おまえはこの技を知りたいか?」

「はい」

「そうか。ならば教えたいと思うが、実はこの技には名前をまだ付けておらん。さしずめ“霧天狗”とでも名付けるが良い」

そしてまた天狗の授業が始まったのであった。




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