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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第196話 第14章「国境越え」その2

旅の一同が馬で道を進むにつれ、霧は濃くなり太陽の光は弱まっていった。

「あの…」

蒼馬が横で手綱を操る小三治(こさんじ)に尋ねる。

「なんだい?」

小三治が返事をする。

蒼馬は尋ねた。

「大崖の向こう側っていうか、神奈ノ国にいたときには霧の領域のなかに“霧の民”がいました」

「そうだね」

「僕も傷の治療をしてもらいました。あんな人たちはこの霧の領域にはいないのですか?」

「そこが不思議なところなんだが」

小三治が言った。

「北方の霧の領域には霧の民はいないんだ。理由はいくつか考えられるが、おそらく一番でかいのは彼らを目の上のたんこぶ扱いする蛇眼族(じゃがんぞく)がいないことだろうな。たとえ霧の領域で生きていける人間がいたとしてもそこまで逃げ隠れする必要がないんだ」

「なるほど…」

蒼馬はすっかり堂に入った手綱さばきのままうなずく。

「考えられる理由は他にもある」

小三治は続けた。

雪音も聞き耳を立てている。

「北方の霧の領域は、神奈ノ国のそれと比べて神獣や妖怪、その他魑魅魍魎(ちみもうりょう)が沢山出るのさ。神奈ノ国の霧の領域でも出ることは出るんだが、なんせ頻度と数が違う。いくら霧の民がいたとしてもそこまで耐えられないんじゃないか?」

「そうですか…」

蒼馬がうなずいている間にも霧は濃くなってきた。

「さあ、その北方の霧の領域とやらに本格的に足を踏み入れてきたようだ。勝手知ったるイズクメさんがいるとはいえ、油断はならん。心してかからないと」

大声で小三治が言い、列の後ろの方をついて行くセイリュウ、赤間スヱ、先頭のイズクメの横に寄り添うように進む矢本奈央姫もうなずいた。

「あたしだってそんなにここに通じてるわけじゃない」

イズクメも荒れ地の道の上、自分の乗る馬を注意深く進めながら大声で返した。

「ここじゃなにがあっても、なにが出ても不思議じゃない。みんな馬をもっと近付けておくれ。なにも起こらなきゃ早くて半日程度で出られるだろうが——」

「そうかな?」

誰かの声がした。

すぐ横の岩の上からに聞こえる。

見上げた一同がそこに見たのは、ひとりの天狗(てんぐ)だった。

みな息を飲み、黙りこくった。

天狗は面のような赤い顔をし、長い鼻を突き出している。

面をつけているようにも思えるが、そのぎょろりと光る大きな両眼も含め、素顔のようにも見える。

なにより驚かされるのが、修験道者の恰好をしながら背中の両側にこじんまりと広がる翼であった。鳥の羽を組み合わせて服に付けられたものらしい。

そしてその翼をはためかせるようにして天狗は今までいた崖のようにそびえる岩から飛び上がった。

そしてすぐ隣の岩の頂きに移る。まるで背中の翼を使っているように見える。

「こりゃ俺の見てるのは夢か(うつつ)か⁈」

小三治が()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

「ここへ来るのは初めてじゃないが天狗様に会うのは初めてだ!して天狗様はわれらに何の御用で?」

「うむ」

天狗は片手に持った団扇(うちわ)のようなものを(あお)ぐ動作をした。

「残念だがお前に用事があるわけではない。わたしが用事のあるのはそこにいる若者だ」

団扇の指した方向にいたのは草原蒼馬だった。

蒼馬はあっけにとられたような顔をした。

「我らが北の領域、そのなかでも神奈ノ国に近い方の王国が蛇眼族の手に落ちたのはわれらも知っている」

眼前にいる天狗はひとりだったが、彼はわれら、と言った。

他にもいるのだろうか。

天狗は続けた。

「そしてこの危うい状況を変える(かなめ)になるのがそこの青年、草原塩嶺(えんれい)の息子、蒼馬であることもわれらは知っている。だから彼に蛇眼族の首領をも倒せる技を伝授しようと参った次第」

「ほんとですか⁈」

今度は蒼馬が素っ頓狂な声を上げる番だった。

「左様。もしお前が望むならわれらの修行場に連れて行き、この悪しき状況を正すための技を伝授しよう」

「お願いします!連れて行ってください!」

ほぼ間髪を置かず蒼馬は叫んだ。

雪音が思わず

「蒼馬くん…」

と声をかけ、小三治も

「おいおい…」

と声を上げる。

蒼馬は雪音の方を向いて行った。

「そりゃいまの自分は君のおかげで多少は蛇眼破りの心術が使えるようになったと思う。でもそれだけじゃ堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)は倒せない。康太や加衣奈の敵討ちはできないんだよ」

「左様」

岩の上の天狗が言った。

「いまの草原蒼馬の技量では堅柳宗次に必ず負ける。だから我らが剣術を中心に彼に三年分の修行を積ませる。次に残りの者と会うまでの間に」

「どうしてそんなことが…」

言いかけてイズクメに見られた小三治は、

「まあ、霧の領域じゃなんでも起こり得るか」

と取り繕った。

「蒼馬くん。天狗様がそうしてくださるのならそうしてもらって」

そう言ったのは意外なことに赤間スヱだった。

「堅柳宗次に負けないほどの武術を身に付けて、わたしの息子と嫁の仇をとっておくれ」

「若者よ、おまえは筋が良い」

セイリュウも言った。

「もし、どうやってかは知らんがわたしも倒せなかった堅柳宗次をも倒せる技を授けてもらえるのならば、万難を排してそうすべきであろうな」

「はい!」

蒼馬は二人に勢いよく頭を下げると天狗に向かって、

「俺、行きます!連れて行ってください!」

と言った。

天狗は

「良かろう。みなはこの霧の領域を出るころにこの若者と合流できるから、歩みを遅くする必要もない。では、若者はついてまいれ」

と再び岩の上に舞うように飛び上がり、道なき道の上をゆっくり飛び始めた。

蒼馬は旅の仲間にでは、と会釈すると天狗の飛ぶ方向へ、荒れ地の脇道の上を馬を進めた。

風切丸の上の雪音はただその背中を心配そうに見送るだけだった。

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