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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第189話 第12章「奈央姫と邪鬼姫」その1

矢本村は背後の低い山々のすそ野にあった。

遠くから見るとその全体像が見渡せる。

農地のある平野部から隆起し、うねるように低めの山が連なっていく。

そんな山々が始まる境界に沿って拡がるように村の建物が散在している。

ほとんどは小さな家々なのだが、中央にはとりわけ大きな屋敷がある。

セイリュウ家のそれとは違い、土壁中心で角などがやや丸みを帯びたように見える二階建ての屋敷で、いかにもアテルイ王国風な屋敷である。

馬に乗ったイズクメが、同じく馬を進める“鴉使(からすつか)いの鳥十郎(とりじゅうろう)”のほうを向いた。

「鳥十郎よ」

イズクメが声をかける。

「なんだい?」

鳥十郎が答えた。

「いつも通り、矢本(やもと)家に使い烏を放ったんだね?もう彼らは私の書いた手紙を読んでくれたのかね?」

とイズクメは尋ねた。

「ああ、いつも通りにしてるさ」

鳥十郎は答えた。

「だが矢本家は今日ちょっとお取込み中なようだぜ?」

彼らはもう目を凝らせば屋敷の正門が見れる距離にまで近付いていた。

正門には数人の農夫が集まっていた。

馬に乗った北方の忍者団と蒼馬たちはさらに近付き、彼ら農夫たちと屋敷の門番が議論しているところまで来た。

イズクメは農夫の集団の(おさ)らしい年配の男性に声をかけた。

「やあ、こんにちは。わたしたちは約束していた客なもんでここを先に通らせてもらうことになるけども。それにしてもなにかあったのかい?」

イズクメがそうやって農夫たちに話しかけている間、小三治が馬から降りて門番になにか丁寧に話し、門番は(うなづ)いた。

「なにかって、また“邪鬼姫(じゃくひめ)”だよ」

農夫の長は答えた。

「あの魔女みたいな女が、夜中に俺たちのニワトリやヤギを勝手に放しちまうんだ。それで一緒に野山を駆けまわって遊んでるんだと。朝になってもニワトリもヤギも帰って来やしねえ。こんなことは一度や二度じゃねえから今日は邪鬼姫をかくまってる矢本様のお屋敷に直訴しに来たってわけさ。もうわしらも我慢の限界じゃからな」

イズクメはそれを聞くと

「へえ、奇遇(きぐう)だねえ。わたしらもその件できたのさ」

と馬上からこともなげに言った。

「どういうことだい?」

農夫の長がいぶかしげに尋ねるとイズクメは

「まあ簡単にいうと頼まれて彼女を引き取りに来たってことさ。おそらくイカルガ王国まで行くだろうね」

と言い、農夫たちは驚いて顔を見合わせた。

驚いたのは蒼馬や雪音もそうだった。自分たちが引き取りに来たのは矢本家の姫である矢本奈央だと聞いていたからだった。

「そんなわけで、怒っているのはよくわかるけれども、矢本のお殿様も解決策を考えてくれたことだし、今日のところは一旦帰るというのはどうだろうかね」

イズクメは精一杯の猫なで声といった風で農夫たちを説得した。

(かたわ)らで聞いていた蒼馬は納得できない、というよりわけがわからなかった。

その“邪鬼姫”という人物に問題があって村中で手を焼いている、というのはわかる。

だがなぜ姫もいる矢本家がそんな人物をかくまっていのだろう。

そして、なぜイズクメさんまでそんな人物を庇おうとするのだろう。

一方、農夫たちは顔を突き合わせて議論していた。

しばらくして長が言った。

「おまえさんたちが邪鬼姫をどこかに連れて行ってくれるってんなら今日のところは帰ろうってことになった」

「そうかい。それはありがとうだねえ」

イズクメは謝意を返した。

「だが、これ以上同じことが続くようならわしらもまた来ることになる」

長はそれだけ言うと他の数人の農夫に合図し、彼らは歩いて帰って行った。

一方北方の忍者団と蒼馬たちは門番に案内され、正門を通って馬場まで向かった。

そこで皆は馬を降り担当の者たちに手綱をわたすと屋敷内に入った。

履き物を脱ぎ、板の間の廊下を歩いていると外から見るより広い屋敷なのがわかる。

神奈ノ国の屋敷よりは北国なためか、より閉鎖的な印象も与える。

案内係が木の引き戸を開けると、そこが広間になっている。

一同はその中に入り、イズクメと小三治を先頭にして並ぶように板の間に座った。

蒼馬、雪音、スヱ、そしてセイリュウもそれに(なら)って後ろの方に座った。

一同の目の前、一団高くなったところにこの屋敷の当主が座っていた。

イズクメ、小三治はうやうやしく頭を下げ

「お久しぶりです、矢本(やもと)勝之助(かつのすけ)さま」

と言い、残りの者もそれに倣って頭を下げた。

「わしとおまえたちの仲だ、あいさつはそこまでで良い」

と矢本勝之助は言った。

一目で当主ではないかとわかるような豪華な服装をしているが、それを着ている本人は心なしかくたびれているようにも見える。

「直訴に来た農民たちを追い返してくれた件はもう聞いた、礼を言う」

敷き物の上に胡坐(あぐら)をかき、肘置きによりかかって矢本勝之助はみなを見渡した。

「後ろの客人たちのことも聞いておる。セイリュウ殿、此度(こたび)は災難であったな」

セイリュウは頭を下げ、

「とんでもございません」

と答えた。

「あの…」

イズクメが珍しくためらいがちに話を切り出した。

「どうでしょう、その…奈央姫の具合は」

蒼馬はまたわからなくなった。

具合って…その矢本奈央とかいう人は病に()せっているのだろうか?

その父親であるはずの矢本勝之助はより憂鬱そうな表情をみせた。

「奈央姫としては特に異常はないのだ。主に屋敷内で日々普通に過ごしておる」

「はい。それを聞いて安心しました」

「だが、問題は夜なのだ。夜になると…」

そこまで言うと、蒼馬たちが驚いたことに勝之助は涙ぐんでしまった。

イズクメと小三治は事情を知っているのか、そんな勝之助をじっと見つめていた。

勝之助は鼻をすすると話し始めた。

「なあイズクメよ、わたしはあの子が”声“を持っていると気付き、それを伸ばしてやりたいとお前に教育を託した」

「はい」

「だが結果、あの子を苦しめてしまっただけだった。わたしはとてつもない間違いを犯してしまったのか?」

「矢本様は私も、忍者団の誰も責めておられません」

イズクメは言った。

「すべてを自身の責任と捉えておられます。非常に立派です。矢本様は何もわるくありません!」

最後、イズクメの方まで涙声になっているのに蒼馬たちはまた驚いた。

いったいどういう事情なのだろう?

勝之助は話を続けた。

「思えば私が浅はかだったのだ。“蛇眼破りの声”を身に付けさせるのはわれらの宗教が勧めているとはいえ、それは人を戦いの場に送り込むことを意味しているのだ。それに気付かなかった私の責任だ」

「それでも私は奈央姫に一緒にイカルガ王国まで行ってもらいたいのです」

イズクメは勝之助を見つめて言った。

「姫の“蛇眼破りの声”の能力は抜きんでています。二王国に危機が迫っているいまこそ、姫のお力をお借りしたいのです」

「だがいまの奈央姫にはその力はない」

勝之助が言うとイズクメは首を横に振って

「そんなことはありませぬ。必ず姫はその力を取り戻します」

と言い、

「とりあえず姫に会わせてもらえないでしょうか。説明は私からしますゆえ」

と頼んだ。

勝之助が返事しようとしたそのとき、

「イズクメさま!」

と鈴を転がしたような声が後ろからする。

皆は座ったまま振り返った。

父の勝之助だけは振り返る必要もなく

「やあ、奈央か。気分はどうだ?今日はイズクメ殿がおまえに用があるそうで来てくださったぞ」

と言った。

「母様は?」

と尋ねる奈央姫は服装も背格好もどこか子供っぽく、丸顔をこれも子供っぽく(ほが)らかにしている。

「母上は女中と一緒に厨房に入って飯を作っておるわ」

勝之助は言い、

「顔をださなくてすまん。なにせ料理が好きで、自分が食べることより好きなものでな」

と皆に説明した。

「あら。みなさんお昼ご飯はまだですよね?」

奈央姫は言い、イズクメに

「奈央は久しぶりにイズクメさんと一緒にご飯が食べたいです」

とまた鈴の転がるような声で朗らかに言った。

イズクメもにっこりして、

「イズクメもですよ、奈央姫さま」

と答えた。

そんなやりとりを聞いて蒼馬はどこかほっとした。

さっきまでの悲愴な雰囲気は何だったのだろうと思うぐらい、奈央姫はいるだけで場の空気を明るくしてくれるようだった。

だとしたらなおさら、さっきまでの空気は何だったのだろう。

どうやら彼女の父親が彼女に“蛇眼破りの声”の才能を見出し、イズクメに養成を託したがうまくいかなかったのだろうということはわかった。

ただそれだけなのだろうか。

案内係が彼らに昼食が出来た旨を告げ、いまから食事の間へと案内すると言ったので皆は立ち上がってその場所へ向かった。

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