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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第188話 第11章「アテルイ王国」その7

門番はアテルイ王国風の制服を着ていたのだが、小三治(こさんじ)やイズクメといくらか言葉を交わすと予定通りといった感じで彼らを屋敷内に通した。

担当の者に馬留(うまど)めまで案内されながら雪音と蒼馬は屋敷内にある庭園の整然として大きく、豪華な様子に驚いていた。

「贅沢なつくりですね」

蒼馬が作られた池の横を通りながら小三治に印象そのままを言うと、小三治は

「まったく。この集落からしてみれば場違いなんだがセイリュウ大将がここを希望したっていうんだからしかたない」

と答えた。

「変わり者のせいで集落のみなには迷惑をかけて申し訳ない」

と声が斜め後ろからする。

小三治たちが(あわ)てて振り向くとそこに大柄で髭面(ひげづら)の壮年男性が笑って立っていた。

「セイリュウさま!」

小三治は叫ぶと歩かせていた馬から飛び降りるように降りた。

手綱を持ちながらセイリュウに向かって深々と礼をする。

他の忍者の面々も小三治に(なら)った。

雪音も蒼馬を後ろに乗せたまま風切丸の頭を返して身を低くさせ、降りようとしたがセイリュウは、

「いや、そのまま、そのまま。馬留めに繋いでからのほうが良いでしょう」

と雪音の動きを止めた。

「いや、まさか、そんなところにいらっしゃるとは」

と、要らぬ発言を聞かれてしまった小三治が頭を掻くと、セイリュウは破顔一笑(はがんいっしょう)した。

「いや、忍びの者の裏をかくのが趣味でな。ところでおぬしは忍びにしてはつっけんどんでなく面白いことも言うようだが」

「はい。いつも忍者失格と言われております」

小三治は答え、セイリュウはまた豪快にははは、と笑うことになった。

そうして雪音たちと忍者たちは自分たちの馬を馬留めに繋ぎ、雪音は自ら出てきたセイリュウに丁重に自己紹介のあいさつをするとセイリュウ自身に屋敷内へと案内されることとなった。

広い屋敷内の部屋の外側に配置された屋根付きの廊下を歩き、これはより温暖な神奈ノ国風とは違うが障子ではなく板の引き戸を開けてこれも板間の広間に入った。

「あの、いいですか」

雪音がセイリュウに声を掛けた。

「なにかな?北方(ほっぽう)鎮守府(ちんじゅふ)の姫よ」

セイリュウがにこやかに応じる。

「アテルイ王国に入ってからリューロウ城をはじめとして色々建物を観させて頂きました」

雪音は言った。

「その中でもこのセイリュウさまのお屋敷はとくに我が神奈ノ国の建築様式に寄せて作られていると思うのですが」

「うむ。さすがだな」

セイリュウは言った。

「実はこの屋敷を建てたのは最近のこと、私が昇進してからだ。以前から自分の屋敷が持てるぐらい出世したらこういう様式が快適だと夢想しておってな。何十年も前にアテルイ王国の真叡教(しんえいきょう)寺院に潜入してその奥義を学んだ汝らの国の僧侶がおっての。彼がアテルイの真叡教の知識を得る代わりに神奈ノ国の知識を色々もたらしたのよ。建築、農業、軍事とな」

洞爺坊(とうやぼう)先生ですね!」

雪音と蒼馬はほぼ同時に叫んだ。

「そういえばそういう名前だったか。彼はいまどうしているかな?まさか帰ってすぐ禁忌の渡航をした罪で処刑などになってはおらぬな?」

広間の奥にどっかりといった感じで胡坐(あぐら)をかくと彼は雪音にも坐るよう勧めながら尋ねた。

板間の敷き物の上に坐りながら雪音は洞爺坊が帰国してからむしろ父親に重用(ちょうよう)され寺院をひとつ任せられていたこと、先日の内乱の際北練井(ほくねい)城の座敷牢(ざしきろう)に閉じ込められその後のことはわからないことを説明した。

話をきいてセイリュウは、

「うむ」

とうなずいた。

「私が心配するのは、目下のところ彼がアテルイ王国について最も詳しいということだ。若干古い知識ではあるが、なにせ彼の博識によって変わった部分も多いからな」

「はい」

雪音はうなずいた。

「いまごろ堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)の手の者に厳しい尋問や責め苦をうけていないかとても心配しています」

雪音はそう言ってかすかに涙ぐんだ。

その頃には蒼馬も北方の忍者たちもみな広間に案内され、座っていた。

「そのことだがな」

セイリュウは彫りの深い目で雪音をじっと見つめながら言った。

「洞爺坊の伝えていたことがある」

「何ですか?」

雪音は尋ねた。セイリュウは

「彼がもし神奈ノ国の軍にアテルイ王都に至る経路を尋問されたらある道順を教えると。われわれはそれに従って適切なところで迎撃すれば良いと教えられたのだ」

「そうだったのですか…」

「いまある隠し砦もそれに基づいてつくられたものだ」

「その通りに侵攻軍が進撃すれば迎撃できる…と?」

「そうだ。だが問題が生じた」

セイリュウは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。

「問題とは何ですか?」

「鎖国派の存在よ」

セイリュウは吐き捨てるように言った。

「彼らは洞爺坊の伝えたことの多くを握りつぶしてしまったばかりか、迎撃準備を我らがしようとするのを意味もなく反対しておる」

ここで彼とともに堅柳宗次と戦ったイズクメが口を開く。

「洞爺坊さんを苦労してかくまって無事に帰国させてやった開国派の人たちの苦労も浮かばれないよ。ねえ?」

と蒼馬を見る。

いきなり話を振られて蒼馬はただ困惑するばかりだった。

「ところで君も北練井の住人か?雪姫の従者よ。名は何という?」

「彼は草原(くさはら)蒼馬(そうま)、私の従者ではなく対等な友人です。開国派の草原塩嶺(えんれい)の息子ではないかと言われています」

セイリュウはその雪音の言葉に呆気にとられた顔をして蒼馬を見つめ、その次に周囲の人間が肝を冷やすほどぎょろりと蒼馬を睨みつけた。

「大丈夫ですか?なにか私、お気に(さわ)ることでも…」

雪音がさすがに心配してセイリュウに話しかけた。

「い、いや、なんでもない」

セイリュウが手を振って応じる。もう会った時の溌剌(はつらつ)とした表情の彼に戻っていた。

「蒼馬くんが草原塩嶺の息子だっていうのはほぼ確実だろ?」

横から小三治が口をはさむ。

「なにせ塩嶺自身が赤ん坊の蒼馬くんを洞爺坊さんに直接託したっていうんだからな」

「話ではそう聞いていますが、本当のところはわからないんです」

と蒼馬が応じると、セイリュウの家来たちが膳に乗った昼食を運んできたのでそこで会話は中断となった。

川魚と野鳥の焼き物、汁物とたっぷりの飯と茶、そして希望する者には酒がふるまわれ、一同はそれら豪華な食事を夢中で頬張った。

食事しながらも蒼馬はセイリュウが勇猛そうな視線を時折ぎょろりと向けてくるので何となく落ち着かなかった。

昼食をとりながらセイリュウと忍者団はこれからの予定を話し合った。

いつ堅柳宗次率いる侵攻軍が攻め込んでくるかもしれない状況下でゆっくり休んでいるわけにもいかなかった。。

結局セイリュウも準備ができているとのことだったので、食後しばらくしてから出発ということになった。

まずイズクメの要求で国境近くの矢本(やもと)村と言うところまで行く。二泊は野営か旅籠(はたご)に泊まるか、ということをしなければならないらしい。

そこに地元豪族の矢本家があるのだが、屋敷にいる奈央(なお)姫を引き取ってその足ですぐ国境に向かう。

という話に蒼馬には思えたのだが会話の所々で“邪鬼姫(じゃくひめ)”という少し怖い感じの別名も出てきて彼はすっかり混乱し、結局わけがわからなくなった。

国境には霧の領域があって迂回してイカルガ王国を目指すこともできるのだが、数日以上余計にかかってしまう可能性もあるという。

結局霧の領域を突っ切ることになった。

「俺が聞いた話じゃ、」

小三治は言った。

「そこの霧の領域じゃ龍鳥もよく目撃されるし、なんでも天狗が住み着いてて気に入った旅人には武術の技を教えてくれたりもするんだとさ。蒼馬くん、興味湧かないか?」

「興味はあります。強くなりたいですから」

敵討(かたきう)ちのことを意識して蒼馬は言った。

セイリュウが髭面でまたぎょろりと蒼馬を一瞥する。

蒼馬はまたひやりとしながら

「でも今回は時間がないんでしょう?もし天狗に会えても仕方がないから別の機会にしてくれと言います」

と返し、小三治も

「そうだな」

と笑って言った。


食事を終えると一同は早速旅の準備にとりかかった。

ここで蒼馬、スヱにも馬が一頭ずつ与えられることとなった。

「よく調教しておるから暴走する可能性はほとんどないが」

自分の栗毛の馬に乗りながらセイリュウは言った。

「乗り手の技量によってはそうならんとも限らんから、実地で悪いが乗りながら良く教えてやってくれ」

「はい」

と雪音が風切丸の上で返事をし、結局蒼馬の乗る馬の横に風切丸をぴたりとつけて蒼馬に手綱の持ち方から教えることになったのだった。

同様にスヱには恩御姉が教えることとなった。

意外だったのはセイリュウに付き人がまったく同行しないことだった。

「いや、誰を連れて行っても忍者の視点から見れば足手まといだと思ってな」

とセイリュウは説明した。

なんでも彼が旅立ってもしばらく屋敷は維持されるという。

本当にセイリュウがイカルガ王国でもそれなりの待遇をされ、住まいも提供されるか作らせてもらえるとわかったらその時点で希望する家来たちを呼び寄せ大規模な引っ越しを行う。それが駄目なら不遇を承知でアテルイ王国へ戻るとのことだった。

「一応着の身着のままの亡命者、ということにしておかんとな」

と、セイリュウは笑ったが小三治はこれが功労者に対するアテルイ王府の態度ですか、まったく鎖国派の奴らときたら、とひとり怒って逆にセイリュウになだめられることになった。

そんなわけで着いた日の午後、彼らは早速セイリュウの屋敷を出て矢本と言う農村に向かうこととなった。

蒼馬は雪音に、スヱは恩御姉に四苦八苦しながら馬の乗り方を学びつつ彼らは進んでいった。

結局薄暗くなるまで彼らは進み、農道の脇に少し広くなった場所を見つけてそこに野営することとなった。

「戦で遠征をしとるみたいだな」

とセイリュウは豪快に笑ったが、小三治は口を尖らせて明日は旅籠に泊まってひと風呂浴びましょうや、と言った。

純史郎が火を素早く起こして鍋を火にかけ、肉の入った汁物をこしらえた。

それに出発したとき作っておいた保存食の団子を頬張って夕食となる。

食事を済ませると皆は各々立ち上げた天幕に潜り込んで朝まで眠った。

もうかなり寒いはずで、実際冷気が顔に当たるとかなり寒かった。

それでも彼ら忍者が持ち運びする天幕と毛布は冬でも野営できるよう寒さ対策を施しているらしく、忍者以外の者もかなり暖かい感覚のなかで眠ることができた。

朝になると野草茶にまた保存食の団子を頬張って手早く朝食を済ませ、天幕を」撤収し、早々に旅は再開された。

蒼馬と雪音が驚いたことは農村地帯の広さであった。

王都のリューロウを出て、セイリュウの屋敷を経て一日近く経ったのだが、まだ畑や水田や家畜の放牧地が続いている。

「ずっと昔からそうなのですか?」

雪音がセイリュウに尋ねると彼は、

「そうだ」

とうなずき、雪音に説明した。

なんでも数百年以上前、神奈ノ国開闢時にそれについて行かぬ蛇眼族と常人とが多く北の大橋をわたってこちら側に逃れてきた。

当時北方には狩猟民族の集落などがあったらしいが、逃れてきた人々と彼ら原住民は友好関係を結び、逃れてきた人々がもたらした知識と技術のおかげで原住民社会の多くも狩猟・移動中心の文化から農耕、・定住中心へと移行することとなった。

それに加えて20年以上前の洞爺坊の来訪がある。

そこでさらに新しい農業知識や技術、彼が土産のように持ってきた新種野菜の種子などの恩恵でより寒冷に強い農業ができるようになったというわけだった。

雪音と蒼馬は今さらながら洞爺坊の偉大さに気付かされ、そのような人物に何年も色々教わることのできた自分たちの幸運をありがたく思わないわけにはいかなかった。

その日は丸一日移動に費やした。

蒼馬もスヱも乗りながら馬の扱い方を教わっているうち、かなり上達していった。

その日の移動の終わり頃には二人とも駆け足を修得し、平坦な道ではかなり早くみなとともに移動できるようになった。

雪音の乗る風切丸と並んで馬を駆け足で走らせたときにはふたりは本当に久しぶりに笑い、最高の気分を味わったものだった。


そうこうするうちに目的地が近づいて来た。

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