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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里


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第187話 第11章「アテルイ王国」その6

「まあイズクメさんの寄りたいところに寄ると、二、三日は余計にかかっちまうがな」

小三治は言った。

「仕方がねえし、それ以上に国境の霧の領域じゃ何が起こっても不思議はねえと言われてる。まあ安全を祈るだけだな」

ここを出発するのは明朝、明け方近くの時間となった。

今日は夕食をとってすぐ眠りに就くことになったがそれまでの時間、小三治と恩御姉が北練井からの三人を連れてリューロウの市場巡りをしてくれることになった。

ありがとうございます、と頭を下げる三人に小三治は、

「いや、どうせこれからの長旅に備えて買い出しをする当番にたまたまおれたち二人があたってたもんでな。そうだろ?」

と言い、恩御姉もこの役は嫌いで無いらしく笑ってうなずいた。

そんなわけで計五人でここに来るとき見た市場通りまで出かけ、立ち並ぶ露店から食料を中心に小三治たちが買い物をするのを蒼馬たちは見物することとなった。

蒼馬たちが驚いたのは市場の様子や賑わいが北練井、いや神奈ノ国とかけ離れていることではなくてあまりにも似ていることだった。

たしかに見た目にはかなりの違いがある。

まず民家やその他の建築物の建築様式の違いというものがある。

アテルイ王国は神奈ノ国よりも北国なためなのか、建物の窓も戸口も小さくて少なく、より密閉性が高く見える。

それに加え木造建築主体の神奈ノ国よりも土壁と石を多用し、より曲面的な印象があった。それも建物内部の暖かさを考えてのものかもしれない。

また、男女の服装も違った。いつからかは知らないが渦巻き模様が主流らしく男女とも胸や背中に染め込んでいる。そして男は紺や黒色、女は鮮やかな赤や桃色や黄色のやや厚ぼったい作務衣風の服を着こんで歩いている。

神奈ノ国の着物とは違う、外国人の服装であった。

それに彼らを案内した使者も被っていたような黒い笠をつけている男女もいた。

多くはないが、これも神奈ノ国では見られないものだった。

このように異なる点をあげつらえばきりがないが、基本的に市場は市場であり、そのやり方や賑わいも北練井となんら変わらないのだった。

こちらを向いて笑い、野菜などを売りつけてくる売り子に愛想笑いを返しながら蒼馬は、

「雰囲気は北練井と全然変わんないね」

と言い、雪音もうなずいた。

スヱも皆について歩きながらぽつりと

「康太と加衣奈にも見せてやりたいよ」

とつぶやいた。

二時間ほど市場を中心に街を歩き回り、彼らは旅籠に帰って来た。

小三治と恩御姉は買った食材がいっぱいに入った布袋を一階の厨房にいた女中に渡し、

「これで長旅で食べる忍び食をたっぷり作ってくれ。明日朝には受け取る」

と言い、恩御姉は手伝いを買って出た。

それからしばらくして夕食の時間となり、昼食と大差ない肉と野菜のどんぶり飯に具は控えめの味噌汁がついた。

北方にも味噌汁がある、というのが蒼馬には普通に驚きだった。

それを小三治に言うと、彼は飯を頬張りながら

「昔からあるが味噌汁ぐらいの共通点はあるんじゃないか。知らず知らず交流してたのかもしれんし、どちらも初めからあったのかもしれん。どちらも前史文明から引き継いでいたりして」

と言ったものだった。

夕食後は一階にある風呂に入らせてもらったのだが、なるほど小三治が言っていた通りリューロウ城のものと比べると小さくて正直粗末だった。ただ蓮華之燈院の風呂にはこちらの方が近かったので蒼馬はむしろ落ち着いた。

明日の朝は早く出発するとのことで、一同は早く眠ることとなった。鎖国派からの監視に関しては、彼らもすぐには手を出すまいとのことで気付いていないふりをして無視することとなった。

セイリュウのイカルガ王国への護送と言う名目の事実上の追い出しには元々鎖国派が深く関わっているだけに、その駒となって動こうとしている忍者団に彼らも今は手を出すまい、というわけだった。

蒼馬は布団にくるまりながらこれからのことをあれこれ考えているうち眠りに落ちてしまった。

「おい。起きてくれ。軽く飯をとったらすぐ出発だ」

そんな声で蒼馬が目を開けたのは夜明けすぐと言った時間のことだった。

布団をよけて目をこすりながら上半身を起こすと夜明けの薄明りを取り入れた部屋の中で忍者の面々の男性陣がすでに起きてごそごそと動き回っている。

雪音たち女性陣は隣のやや狭い部屋で寝ていたがなにやら動き回る気配がする。

きっともう起きて出発の準備をしているのだろう。

蒼馬も起きてそそくさと着替えをしたとき、隣の部屋から恩御姉がやって来た。

「ほら。昨日買った食材で作ったんだ。出来立てだよ」

恩御姉は蒼馬の手の平に2個団子状のものを置いた。

一個を口に入れ、頬張ってみる。

甘かった。干し肉や野菜、塩分や調味料の風味もまた口の中に広がって行く。

これが、少量、短時間で摂れて腹持ちがする忍者食か。

蒼馬は食べながら納得した。

小三治がほらよ、と野草茶の入った陶磁器の茶飲みを手渡し、それでもうひとつの団子を流し込むように食べる。

それで朝食は終わりだった。

仕事の日はいつもこんな感じなんだ、と小三治が言う。

朝飯にありつけるだけ幸運って場合もある、とも言った。

蒼馬はその忍びの団子をふたつ急いで食べただけで空腹感が無くなり、驚いた。

これが忍者の知恵か、と思う。

出発の準備が整い、そこにいた面々は一階に降りて表玄関から外に出た。

雪音とスヱはすでに馬留めにいた。

馬は昨日から担当の人間がいて手入れされ、餌も与えられている。

雪音は少し小ぎれいになったように見える愛馬の風切丸の首を撫ぜ、なにか囁きかけていた。

結局蒼馬はいつも通り風切丸で雪音の後ろに乗り、スヱは恩御姉の後ろにのることとなった。

それ以外の面々は一人一頭づつ自分の馬を操ることとなった。

いかにも朝早く出発して隣町を目指す行商人風に一同は出発した。

一応隣町に薬を売りに出かけることになっていたが、神奈ノ国ではなく北方のアテルイ王国内なのでそれほど本気で変装しているように蒼馬には思えなかった。

まだ朝早く、夜明けの薄明の中を一同はゆっくり進んだ。

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った市場通りを進んでいるとき、小三治が馬を早めて雪音が手綱を操る風切丸の横にぴたりとつけた。

「昼前にはセイリュウの屋敷がある集落に着ける。大将はずいぶん田舎に住むのがお好きらしい。ところで」

続けて言うことには

「さっき俺たちがアジトを出るのを見張ってる奴がいた」

「そうなんですか?」

蒼馬も雪音も気が付かなかった。

「ああ。俺たちを追いはしないけどな」

小三治は手綱を操り、路面に唾を吐きながら言った。

「ありゃアテルイ王国鎖国派の手の者だろうよ。これから彼らの御希望通りにセイリュウ大将を亡命させる俺たちに手出しはしないだろうが」

小三治は蒼馬を見た。

「それよりおまえさんのことが気になるみたいだぜ、草原蒼馬くん」

「僕ですか?」

蒼馬は驚いた。

「そりゃそうだ。かつて自分たちが手にかけた開国派の雄、草原塩嶺の息子らしき人物が戻って来たんだもんな」

「だから僕、そのことに関してはまず僕が真相をもっと詳しく知りたいくらいなんです」

蒼馬は言った。

「その上で法によって裁かれるべき人間がまだいればそうしてもらいたいとは思いますが…いきなり敵討ちとかいう話になっても正直困るんです」

「ふうん」

小三治は返した。

「ま、鎖国派の連中がどうおまえさんのことを捉えてるかだな」

そして小三治の馬は離れて行った。

王都・リューロウの扉を抜け、一同はその近くにある集落、セイリュウの屋敷がある集落を粛々と目指していった。

すでに収穫の終わった畑や水田の間にある農道を進んでいると、ちらほらと雪が舞ってきた。

「雪だわ。寒い季節の始まりね」

雪音が呟くように言った。

「雪の季節に見知らぬ土地に侵攻するのは致命傷だわ」

雪音は後ろにいる蒼馬に続けた。

「堅柳宗次は雪の降る前に侵攻しようと事を急いで父と対立してたわ」

「そうだったの?」

蒼馬が尋ねた。

「そうよ」

雪音が答えた。

「お父さまは春になるまで侵攻軍を北部に駐屯させるか、一旦帰ることを提案して堅柳宗次と意見がまっこうにぶつかっていたわ」

「慶恩の都とか南の人は」

蒼馬が言った。

「北部の雪の季節がどんなだか知らないんだろうか?この季節に進軍なんて無理があるよ」

「その通り。知らないんでしょうね」

雪音は返した。

「知っていても実感していないとかなんでしょうね。いずれにしてもこの時期を待たないとすれば、堅柳宗次たちはいまが最後の機会と捉えるでしょうね」

「最後の機会って…侵攻の?」

「そうよ。だとしたらもう時間が無いことになるわ、アテルイ王国にとっても」

雪音は遠くになりつつある城塞都市・リューロウにも雪が舞っているのを振り返って見つめながら言った。


間もなくしてセイリュウの屋敷が見えてきた。

意外なことに、その周辺に散在する小さな家屋がいままで見てきた丸みを帯びたアテルイ王国の建築様式なのに比べ、セイリュウの屋敷は直線を強調した神奈ノ国風であったことであった。

「ずいぶんとわたしたちの国風ですね?」

と思わず言った雪音に対し、小三治は

「でかい屋敷を素早く建てようと思ったら、たまたまそうなったんじゃないのかな?」

と言った。

「セイリュウ大将は鎖国派じゃないのは確かだが、かといってばりばりの開国派ってわけでもない。実際彼は軍で武士団の一員からの叩き上げなんだが、若い駆け出しの頃は鎖国派の上官に従ってたって話もある」

そして小三治は顎に手をやり

「そういや今まで深く考えたことなかったな。なんでなんだろう?」

と首を傾げた。

ともかく、彼らは昼前に針葉樹と笹に囲まれたセイリュウの屋敷の正門前に到着したのだった。

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