第184話 第11章「アテルイ王国」その3
結局次の日の朝、彼らは謁見の間に通されたのだが、それまでに時間がかかった。
小三治だけはこのことを予想していた。
「ここだけの話だけどな、」
彼は他の面々に言ったものだった。
「最近の俺たちの作戦行動って、ほとんどアテルイ王国のそのまた奥にあるイカルガ王国によるものなんだ」
小三治は続けた。
「俺たちは二王国連合によって運営されてることになってるからアテルイ王国のお伺いも立てなきゃなんねえが、なんせ彼らは消極的でね。実際忍者団なんか持ちたくねえって感じなのさ」
これは雪音にとっても蒼馬にとっても意外だった。
小三治もアテルイ王国の国王には直接会ったことはなかった。
いままで王自ら積極的に会おうとしなかったからだ、だから今回もそうに違いない、と小三治は解釈していた。
恩御姉に関しては私ら末端の人間にとっては上の状況なんか知ったことじゃない、という姿勢だった。
そして実際彼らは昼前まで待たされたのだった。
彼らがいい加減待ちくたびれたときに使者が彼らを呼び、彼らは一団となって謁見の間に向かった。
扉を抜けると奥の一段高いところに王座があり、家来たちに囲まれてコンロイ王が座っていた。
豪華な服を着た、太った中年の男性であった。
客である一団はうやうやしく礼をし、自らの名を名乗った。
王も会釈しながらも無言でいぶかしげにこちらを見るばかりだった。
「阿弖流為王国、国王のコンロイ三世さまであります」
国王の横に立つ家来のひとりが説明した。
「あなたがたの立場、そしてあなたがたがここに来た経緯に関してはすでに王の耳に入れております」
官僚は説明を続けた。
横に机を構えて座る別の書記らしき人物が、忙しく筆を走らせている。
「王はわれわれがあなたがたにどう対応すべきか知りたがっておいでです」
話し手役らしき家来がひとり話し続けた。
「コンロイ三世さま」
雪音が口を開き、改めてうやうやしく礼をした。
「まずわたしたちは戦乱より急ぎ逃れてきたこと、その後森の中に何日も潜まなければならなかった故にこのようなみすぼらしい身なりで礼服も用意できなかったこと、お詫び申し上げます」
「おお、そうか」
コンロイ三世国王がここで初めて口を開いた。
「これは私としたことがそんなことも気付けず申し訳ない。これが終わったらすぐに家来に着替えを用意させる」
そして家来のひとりにちらりと視線をやるとその家来は急いで謁見の間を出て行った。
「ありがとうございます。早速ですが本題に入らせて頂いてもよいですか?」
雪音がたずねるとコンロイ王はうなずいた。
「おそらく神奈ノ国の北方侵攻が開始されます。すぐに。わたしにとって侵攻軍は父と友人の仇であり、貴国とともに闘いたいのです」
「おお、鈴之緒一刹のことだな」
コンロイは言った。
「父上の御不幸に関し報告は受けておる。雪音姫よ、心よりお悔やみ申し上げる」
「ありがとうございます」
雪音が礼を返すとコンロイは王座の上で顎に手をやった。
「しかし、そなたの父上は生前しきりと我々に接触を求めておったな」
「そうです。内密に探索隊を送ったこともあります」
「しかし、現在もそうなのだが我々の国内には断固として神奈ノ国との接触を拒絶する派閥があってな。こちらから応えることはできなんだ」
雪音ははっとした。
鈴之緒一刹は生前、何度も北方王国との接触を試みたがいずれも芳しくない結果に終わっている。
その原因がそんなところにあったとは。
唯一かれらのことを深く知れたのが洞爺坊の報告であり、それも蒼馬の父親という犠牲を伴っている。
「それで神奈ノ国の侵攻のことなのだが」
王は気になることを口にした。
「そんなに差し迫った問題なのかな?」
「はい。そうです。総大将の名は堅柳宗次、第三次侵攻計画総大将の堅柳宗矩の息子で私たちの友人の仇です」
雪音はそう言ってちらりと横の蒼馬を見た。
蒼馬も王を見ながら力強くうなずいた。
「忍のふたりはどう思う?」
コンロイ王が尋ね、小三治が一歩前へ出た。
「おそれながら申し上げます。神奈ノ国の侵攻はかなり高い確率で起こるのではないかと」
「ほう」
「しかし今回は北方鎮守府最高司令官であった鈴之緒一刹殿の娘である鈴之緒雪音さまが我らの味方です。彼らの動きは手に取るようにわかるでしょう」
「そうなのか?失礼ながら自分の娘に作戦行動など明かさないと思うが」
「そうは言いましても、」
小三治は食い下がった。
「雪音さまは蛇眼族にすら蛇眼をかけられる“龍眼”の持ち主。それにわたしのみるところ雪音さまこそが伝説の“おわらせるもの”ではないかと思うのです」
これには雪音が驚いた顔をする。
小三治がちらりと雪音をみる。この際できる限り自分を大きく見せろ、と言っているようだった。
「それにしても、」
コンロイ王は言った。
「われわれの奇襲がかえってかれらを刺激してしまった面は否定できないと考えておるのだ」
「そんなことはないと思います」
雪音と小三治が同時に言ったがコンロイ王は続けた。
「わざわざ“壁の森”に偽の隠れ里をつくってまでの待ち伏せ作戦だが、あれは大将をつとめたセイリュウがほぼひとりで考え、指揮したのだ」
「そうなのですか。堅柳宗次を逃がしたといえ、作戦はほぼ成功したのではないでしょうか」
雪音は言ったがコンロイは
「彼が事を大きくしてしまった可能性は否定できない。セイリュウにはとりあえず自らの屋敷での謹慎を命じておる」
「なんと…」
不当としか思えないセイリュウの扱いに小三治が驚いた声を上げる。
「だから言ったではないか」
コンロイ王は鼻を鳴らした。
「われらの中には決して神奈ノ国と関わるな、自ら攻撃を仕掛けるなど言語道断、という派閥があるのだ。かなり大きな派閥がな」
「しかしセイリュウ殿をいま干すのはまずすぎます」
名大将の評判を少なからず知っている小三治は抗議した。
「いつ神奈ノ国が攻めてくるかわからないのに、常人の王国が名大将を使えないなど…」
「そもそも!」
コンロイ王は小三治を遮るように大声を出し、自分の家来や王国の官僚らしき面々を見渡した。
「神奈ノ国、しいては蛇眼族と本当に戦わなければいけないのか?お互いに干渉せず生きていくことは可能ではないか?なぜ戦わなければならない?」
「人は自由だからです!」
思わず蒼馬の口から言葉が衝いて出た。
コンロイ王と家来たちは一瞬驚き、次の瞬間青臭い、無礼な若者の態度によくそうするように顔を見合わせ、苦笑した。
「理想論か、結構なことだが」
コンロイ王はまた鼻をならし、
「いずれにせよ、侵攻が現実になった場合のことを検討はする」
そして不満そうな客人四人にとりあえず謁見の間から退出させるよう家来に目くばせした。
四人がそれに応じようとしたとき、コンロイ王は蒼馬に思い出したように、
「して、君の名はなんという、若者よ?他の者は知っているが」
と蒼馬に声をかけた。
「草原蒼馬です」
蒼馬がそう告げると、あきらかにアテルイ王国の家来たち、とくに年配の家来たちの間に緊張が走った。
コンロイ王もまた少し驚いたような顔をしていた。
「草原とは…若者よ、おまえの父はアテルイ王国出身ではないのか?」
「そう聞いてます」
蒼馬が答えると年配の家来たちの発した緊張感がざわめきに変わった。
小三治が蒼馬を軽くつつき、早く出て行こうと言わんばかりの合図をする。
そして四人は一礼して後ろを向き、入って来た時と同様コンロイ王の家来に連れられて謁見の間を去ることになった。




