第183話 第11章「アテルイ王国」その2
「驚いたな…」
思わず蒼馬が呟く。
「なにが?」
前で愛馬の風切丸を操って歩かせている雪音が尋ねる。
「なにがって、僕らと同じような街を作ってるってことがさ」
蒼馬は答えた。
「そりゃ建物の感じとかは微妙に違うけど、人の様子とかは同じだ。同じような店を作って同じように繁盛してる」
「建物の感じが違うってのは本当ね」
雪音が言った。
「ほら、目の前の城を見て」
大通りの突き当り、街の中央にあたる場所にそびえ立つ城が視界に迫ってきた。
「俺たちの城とは違う…」
蒼馬もすぐ認めざるを得ないほど、それは神奈ノ国の城とは違うものだった。
まず建物のほとんどが神奈ノ国の城のような白い漆喰の壁ではなく、褐色の土壁になっている。
建物のかたちは巨大な壺を寄せ集めたようになっており、所々に窓が開いていた。
いくつか円柱形の塔もつくられ、巨大な壺に寄り添うように建てられている。
そこに開けられた窓から人の姿が見えた。
見張りの兵だろうか。
使者と同じような黒い笠のような被り物、渦巻き模様の入った紺色の着物を着ていた。
見張りは使者を見て手を振り、使者も手をふって応えた。
一同は門番の許可を得て石造りに巨大な木の扉を取り付けた門を抜けた。
その後すぐ彼らをここまで連れてきたふたりの使者は離れ、別の二人の使者に案内されて城の前まで連れていかれ、そこで馬を降ろされた。
雪音は慣れない場所でやや落ち着かない風切丸をなだめるのに手間取っていたが小三治と恩御姉は何度も城へ入る経験をしているらしく、自分たちの馬を慣れた様子で厩舎員に託した。
「どうだ?北練井の城とは全然違うだろ?」
小三治はにやつきながら雪音と蒼馬に話しかけた。
「ええ。建築様式が全く違いますね」
ようやく担当の厩舎員に風切丸の手綱を渡した雪音が返す。
「まあ、違って当たり前だけどね」
恩御姉が言う。
「なんせ北の大崖の向こうと別れて何百年も経つんだから」
と続ける。
「言葉だけはあんまり変化してなくて、なまりこそあれこうやって話が出来るのが奇跡みたいだよ」
それは皆が思っていることでもあった。
「さあ、これから俺たちが何日か泊めてもらう部屋に案内してもらおう」
小三治が言い、恩御姉が
「ちゃんと男女別にするよう言っといたんだよね?」
と釘をさす。
「当り前よ。さすがに俺もそんなに野蛮じゃねえ」
小三治は答え、雪音に
「ところでひとつ知らせがある」
と言った。
「誰だっけな、あんたらの亡くなった友だち夫婦の旦那さん側のお母さんをここに保護してるんだが」
「スヱさんです!赤間スヱさん!」
雪音は叫んだ。
「良かった!あの災難から生き延びたなんて!」
「ひとり生き延びるのは辛すぎてね」
声がして雪音と蒼馬が振り返るとそこに立っていたのは赤間スヱだった。
雪音はたまらず何か叫びながらスヱに飛びつき、抱きしめた。
そのまま声をあげて泣き出す。
スヱも何も言わず抱擁を返し、ただ涙を流した。
その日は宿泊できる客用の部屋に泊まることとなった。
アテルイ王国の国王・コンロイ三世との謁見は明日午前中とのことだった。
喜んだのは小三治だった。
「ここアテルイのリューロウ城には何度か泊まったことがあるんだが」
小三治は言った。
「城のやつら、忍を下に見てやがんのさ」
とこぼし続ける。
「俺たちにあてがわれる部屋といったら、ここに比べりゃ馬小屋みたいなもんだ。重要人物と行動をともにするとなにかと得するねえ」
「なに言ってんだよ」
恩御姉は小三治の忍者らしからぬ軽口をたしなめると雪音、スヱを促して女性用の部屋に行ってしまった。
蒼馬は医務室に呼ばれていた。
アテルイ国の医者らしき初老の男が国のものらしいなまりを隠そうともせず若い女性の助手を後ろに立たせて問診を行い、蒼馬を椅子に座らせて左腕を手に持って動かし、どの角度で彼が顔をしかめるかを確認したりした。
長い診察の後やっと、
「まだ腱に傷があるかもしれないが、治りは上々」
との評価を下し、部屋に帰された。
入浴を許可されたので小三治とともに裸になって屋内の暗い大きな岩風呂に入った。
小三治は相変わらず能天気な様子で
「忍者だけで城に泊まったら絶対こんな浴場に入れさせてもらえんよ」
と喜びながら湯を浴びた。
蒼馬は久しぶりに湯につかり温かさが体にしみわたり、痛んでいる場所も癒してくれるのを感じていた。
旅の疲れもあって大浴場からあがると蒼馬と小三治は早々に寝てしまった。
寝台に横たわりながら蒼馬は隣の女性用の部屋で雪音とスヱがなにか話し合っている声を聞いた。
スヱも、北練井に潜伏し彼女を助け出した忍者から康太と加衣奈の運命に関しては聞かされていたのだろう。
雪音もスヱも感極まって一緒に泣き出してしまうのを聞きながら蒼馬はただ眠りに落ちた。




