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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第181話 第10章「逃避行」その16

内乱が蓮華之(れんげの)燈院(とういん)の外に拡大してからは双方にとって悲惨であった。

まず先遣隊含む侵攻軍側は春日野(かすがの)慶次郎(けいじろう)を失っている。

それにはじめに闘争を開始した僧兵団をはじめとし、侵攻軍側の一般兵士にも数百人という死者、怪我人が出ている。

伝説的ともいえる指導者、鈴之緒(すずのお)一刹(いっせつ)を失った北方(ほっぽう)鎮守府(ちんじゅふ)北練井(ほくねい)の住民の怒りはそれほどすさまじかったということだろう。

そしてその怒りは彼らに取り返しようのない傷跡を残した。

北方鎮守府武士団、そして北練井に駐屯していた北部諸侯の武士団のうち多くの者が内乱に加わり、殺され、傷を負い、捕われることとなった。

そして北練井での市街戦では多くの住人、蛇眼族ではない常人が加わり、命を落としている。

その中に赤間(せきま)康太(こうた)加衣奈(かいな)夫妻も含まれるのであった。

ふたつはっきりしたことがある。

ひとつ、これからの北練井は鈴之緒家を失い、このままだと慶恩(けいおん)の王府による直轄支配を受け、管理されるということ。

ひとつ、北練井に属していた蛇眼族と常人は侵攻軍と戦ってしまった以上、これから北方侵攻軍としてともに戦うことはあり得ないということだった。

これらの状況を考えると、侵攻軍は一旦慶恩の側にとって返し、改めて体制を整えてから侵攻計画をやり直すのが誰の眼にも妥当と思えた。

そして実際佐之雄(さのお)勘治(かんじ)は主君の堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)にそのように進言した。

だが宗次の返答は予想外だった。

「侵攻計画は実行される」

宗次は言った。

「ですが宗次さま、現状の兵力と準備、そして時期を考えますと…」

当然ながら勘治は異を唱えた。

が、宗次はそれでもなにかを深く決意した表情で、

「だからこそ行くのだ」

と言った。

「今回の内乱には北方の忍者や隠密も多く関わっていたという情報を得ている。当然内乱の情報も北方に伝わっているだろう。奴らはこれで侵攻軍を追い払えたと思って胸をなで下ろしているに違いない。そこを()くのだ」

「しかし宗次さま」

なおも抗議する勘治に宗次は言った。

「勘治よ。このままおめおめと慶恩に戻ってみろ、どうなるかは火を見るよりあきらかだろう。私は今回の内乱の責任を問われ二度と侵攻軍を任されることもないだろう」

「それはそうですが…」

「もう二度と初戦の雪辱を晴らすことも、父の無念を晴らすことも慶次郎の(かたき)をとることもできなくなる」

「慶次郎を殺害した下手人に関しては拙者が斬りました」

「そして私を助けてくれた。かたじけない」

宗次は老家来を見つめた。

「だが、おまえには悪いが私はそれで慶次郎の無念が晴らせたと思っておらんのだ。北方に我らの旗を立ててこそ慶次郎も浮かばれると思っているのだ」

勘治は言葉を吞み込んだ。

宗次は慶次郎のためと言いながら、実際は甘く見ていた隠れ里の襲撃で待ち伏せにあったのが相当こたえているようだった。

もっともこれはセイリュウと名乗る敵側の武将がはじめから待ち伏せ目的で隠れ里をつくった可能性が高いことと、蛇眼の忍団ですら(だま)されて一人を失っていることを考えると無理もないと言えた。

だが堅柳宗次の性格を考えるととてもこのままでは終われないだろう。

実際早くも蛇眼(じゃがん)忍団(しのびだん)に壁の森の探索を再度命じている。

今度は大軍を率いて一日、二日で森を一気に抜けることを考えているようだった。

鈴之緒(すずのお)雪音(ゆきね)に関しては森へ逃げ込んだとの情報を得て以来行方がわからない。

あちこちに小さな霧の領域が散在するとされ、蛇眼の忍団ですら迷う森である。

彼女の幼馴染(おさななじみ)でもある、宗次の斬った手負いの寺男を救出し、彼と一緒だったのだが、そのまま野垂れ死にしてしまった可能性すらある。

ただ彼女が逃走の途上、北方の忍と接触したという情報もあった。

もしかしたら北方の王国に亡命したのかもしれない。

だとしたら彼女の追跡として北方へ侵入する方便もできる。

宗次はそう考えているようだった。

「ともかく、慶恩からの軍だけで侵攻作戦は継続するのだ」

宗次はそう言い、勘治の心配は置き去りにされて再度作戦は進められることとなった。

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