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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第176話 第10章「逃避行」その11

蒼馬(そうま)はいつの間にか傷ついた左肩以外は元通りに動かせるようになっていた。

ある日、蒼馬は試しに落ちていた長刀と同じぐらいの長さの木の枝を拾い、それを両手で振ってみた。

刀と同じ持ち方にする。上段から下段に振りかぶる。

びゅんっ、と枝が空気を切る音がした。

大丈夫だった。もう左肩は少し(うず)くだけで痛みが走ることはない。

「おいおい。二日前に抜糸(ばっし)したばっかりなんだから無理するなよ」

(かたわら)で太い木の枝の上に座り、眺めていた小三治(こさんじ)が声をかける。

「すみません」

蒼馬は頭を軽く下げた。

「動かしたとき痛くないかどうか、試したくなって」

「ふうん。それでどうだった?」

小三治が尋ねる。

「もうほとんど大丈夫です」

蒼馬は答えた。

「小三治さんや恩御姉(おんごねえ)さんが霧の領域の不思議な場所まで連れて行ってくれたおかげです。あの傷が早く治るっていう…」

「“時の洞窟”のことかい?」

小三治が面白そうな顔をする。

「それならいつかヨルンバ婆さんにもきちんと礼をしなくちゃなるまいよ。あそこは霧の民の間に伝わる癒しの場で、取り仕切っているのがあの婆さんだからな」

「はい。いつかヨルンバさんにもきちんとお礼がしたいです」

「ああ。それとおまえのお姫さまがあんまり必死で頼み込んだからってのもある」

「…はい」

「ところでそのお姫様は俺たちと一緒に北方へ行ってくれると言ってる。神奈ノ国の侵攻軍と戦うのに加わることになるが、構わんらしい」

蒼馬は木の枝を右手に持ったまま立ち、小三治を見つめた。

「小三治さん」

「なんだい?」

「僕も雪音ちゃんと一緒に行きます」

「…そうかい。まあそうするしかないだろうとは思ってたよ。話聞いた限りじゃ失礼ながら他に行くとこもなさそうだと思ってた」

「それもそうなんですけど」

蒼馬は言った。

「僕は(かたき)をとらなければなりません」

「知ってる」

小三治はうなずいた。

龍眼(りゅうがん)使いのお姫さまも同じようなことを言ってる。自分は父親と友人の仇をとらなければいけないと」

赤間(せきま)康太(こうた)加衣奈(かいな)のことを思い出し、蒼馬はまた涙が出そうになった。

小三治はそんな蒼馬を見ながら

「そうとなれば話は早い。おまえの傷が()えて十分に動けるようになったらすぐにでも行きたいんだが」

と言う。

「僕の傷ならもう十分治ってます。ほら」

蒼馬は左腕を振り回し、痛みが走って思わずいてて、と顔をしかめた。

小三治はそんな蒼馬を見て笑い、木から飛び降りた。

「よし、早速二王国連合忍者団のご帰還だ」

そうして彼らはそろって北方へ向かうこととなった。


「前にも少し言ったけどな」

自分の馬の手綱を(あやつ)りながら小三治は愛馬・風切丸(かぜきりまる)の上の雪音と蒼馬に話しかけた。

雪音とその後ろで恥ずかしそうに彼女につかまっている蒼馬がうなずく。

北方の忍者団のうち小三治と恩御姉、そして雪音と蒼馬はともに森の中を進み、北の大崖の向こう側へ行こうとしているのだった。

忍者団の他の面々は馬や自分の脚でより早く出発し、もう北芹河(きたせりがわ)も超えて北方へ渡ってしまったようだった。

「さっきまでいた(かく)()も、そしてこれから渡る秘密の通路も」

小三治は続けた。

「いわば小さな霧の領域を利用しているんだ。うまく敵の目くらましに使っているってわけさ」

「普通常人や、蛇眼族ですら霧の領域深くへ入ると方向感覚が狂って迷子になってしまうと聞きました」

雪音が応える。

「そうさね」

小三治は言った。

「ただ俺たちは一種の目印を置いてそれを防いでいるし、霧の民にはそんな霧の力も効かないようなんだがな。なんでかは知らんが」

「免疫って呼ばれてるものかもしれないね。ほら、一度病気になったらもう二度とならないっていう」

後ろに自分の馬で続く恩御姉が口を挟む。

そうこうしている間に一同は森を抜け、大崖の縁に来た。

「あの向こう側へ渡るんですか?下の北芹河を超えて?」

蒼馬が巨大な断崖絶壁と遥か彼方にあるように見える向こう側を見て心配そうな声を上げる。

「そうだよ」

小三治はこともなげに言った。

「崖の縁から向かって左に進んでくれ。少し行くと俺たちが使っている秘密の通路がある」

その言葉通り一行が進んでいくと、すぐに霧が濃くなってきた。

「霧の領域に入るよ。この中に秘密の通路があるんだ」

恩御姉が教えてくれた。

小三治は一行の先頭で馬を歩かせ、もう何度もこの道を通っているはずだが、それでも慎重に辺りを見渡しながらゆっくり進んでいく。

ここが霧の領域だからなのだろうか、蒼馬も雪音もどの方向をどれだけ進んで時間がどれだけ経ったかわからなくなってきた。

ふたりが乗る馬の風切丸でさえも同様らしくなんだか落ち着かない。

「霧の領域の霧っていっても色々あるんだけど」

恩御姉がまた教えてくれる。

「ここら辺の霧はとくに人の空間認識や時間間隔に影響を与えちまうようなんだよ」

蒼馬は小三治が特に地面にある地蔵のような石に注目しているのに気が付いた。

きっと彼らが迷わないよう目印として置いたものに違いなかった。

やがて彼らは崖の縁に下へ降りる道がひらけた場所に出た。

相変わらず霧が濃い。

「やっと来た。これが秘密の通路だ。降りるぞ」

小三治が言い、馬を道に進ませる。

「馬が通れるぐらい広い道ってこれぐらいだからあんたたちは運が良かったよ。愛馬とおさらばせずに済む。わたしらもね」

恩御姉も馬を進ませながら言った。

「はい。ありがとうございます」

雪音は軽く風切丸の首を撫でて落ち着かせながら小三治に続いて比較的急な勾配を降りて行った。

後から恩御姉の乗った馬が続く。

四人が乗った三頭の馬は霧の中坂を下り続けた。

途中再び上りになっている坂とそのまま下り坂とに別れているところに出くわす。

小三治は、

「気にすんな。目の錯覚ってやつだ。霧の領域はよくこうして人をだますんだ」

とずんずんと下り坂を進んだ。

「だますって…すごく人為的につくられた仕掛けのように感じます。なにか、前史文明とかが関係しているのでしょうか?」

雪音が思わず尋ねたが、集中している小三治は応えず、

「さあ。さっぱりわかんないね。こんな仕掛けにはいつどこで出くわすかわかんないからね」

という恩御姉の返答が得られただけだった。

それでも一時間ほどかけ、ようやく一同は北の大崖の底、崖の切り立った岩肌を背にちっぽけな砂岸のようになっている北芹河の河原に着いた。

霧はもうだいぶ晴れている。

幅広く、そして深く悠然と深緑色の水が流れていく北芹河が目前にある。

この水に康太と加衣奈が沈んでいったのかと思うと蒼馬の胸は締め付けられた。

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