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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第175話 第10章「逃避行」その10

「こりゃびっくりだな!」

容態の改善した蒼馬を見て小三治(こさんじ)()頓狂(とんきょう)な声を上げる。

「こうなるためにここに連れてきたんだろ?」

恩御姉(おんごねえ)が後ろで口を(とが)らせる。

雪音は安堵(あんど)のため息をついた。

蒼馬を幻覚世界から連れ出して一時間も経っただろうか。

ヨルンバが祈祷し、雪音、小三治、恩御姉が協力して蒼馬の看病をしていたのだった。

そしてすでに熱が下がっていることに小三治が気付き、声を上げたのだった。

「これが“時の洞窟”の力だよ。知っているだろう」

ヨルンバが言う。

さらに一時間も経っただろうか。

いままで閉じていた蒼馬の両眼がゆっくりと開いた。

そこから放たれる光は正気に戻っていた。

「雪音ちゃん…」

彼は背中を向けて額につける布を水の入った桶に入れて絞っている雪音になんとか声をかけた。

雪音がびっくりして振り返る。

「蒼馬くん!気が付いたのね⁉」

「また良くなったみたいだな」

小三治が話しかける。

「ここは…」

蒼馬は今まで意識(いしき)朦朧(もうろう)としていたので周りの状況が理解できなかった。

「いまはなにも考えないで。ここは安全な場所よ」

雪音は蒼馬の肩に触れながら言った。

「今日はおそらくここまでじゃ」

ヨルンバが言った。

「もう今日の分の効果は出せた。これ以上“霧の民”でもない男の子がここにいるのはかえって霧の力にやられてしまうだろうて」

雪音は光の戻った蒼馬の両眼から涙が流れたのを見た。

「雪音ちゃん、康太(こうた)加衣奈(かいな)が…」

そう言うと蒼馬は泣き出した。

「なにか悪いことが起こった。感じるんだ。なにかとてつもなく悪いことが…堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)のせいで…」

蒼馬は自ら上半身を起こし、雪音はその肩を抱いた。

「いまはそのことを考えないで。あとで話すから。いまは自分の身体を治すことに集中して」

その後一行は回復をみせた蒼馬をふたたび馬に乗せ、ヨルンバを小屋の前で降ろして自分たちは森の隠れ処へと戻ることとなった。

「もう三日ばかし洞窟に通いしばらく横にしとけばいい。あそこの力がさらなる回復を助けてくれる」

ヨルンバは言った。

「わかった。いつも本当にありがとう、ヨルンバ婆さん。礼は改めて持ってくる」

そうして蒼馬の回復の道筋がようやくついたのだった。


一週間が経った。

蒼馬は時々ふらつきが見られるとはいえ、なんとか歩けるようになっていた。

いまは北方の忍者の(かく)()で自分の養生(ようじょう)する小屋のまわりを散歩することに一日の多くを費やしている。

この隠れ処は蛇眼(じゃがん)忍団(しのびだん)が本気で捜索すればすぐに見つかりそうにも思えた。

が、実際はそうならないのは

「周りの空間にも秘密があるようなんだよな」

小三治はそう言ったものだった。

どうやら近くにある、蒼馬が傷の治療のために赴いたヨルンバたちが住まう霧の領域以外にも小さな霧の領域があるらしい。

それが時空間を若干歪ませて、忍びのような空間認識能力が鋭敏なものほど狂わされてしまう、というような理屈らしかった。

ここからそう遠くないところに北方へ渡る秘密の通路もあるらしかったが、そこは

「なんと霧の領域そのものなんだ」

小三治は言った。

「みなに知られている以外に小さな霧の領域はいっぱいあるってことだろうね」

恩御姉が補足した。

だがいづれにしてもこの隠れ処は近日中に撤収してしまい、見つからぬための移動をする予定とのことだった。

蒼馬は自分の体力が衝撃的な話にも耐えられそうになったのを感じた。

彼は雪音や、小三治ら当時北練井の街にいて内乱に加わった北方の忍者たちに、何が起こっていまどうなっているかを知りたがった。

特に自分の親友たちについて、とりわけ知りたがった。

「康太と加衣奈になにか良くないことが起こったんだろ?きみから伝わるんだ」

蒼馬は雪音に言った。

「俺はもう何を伝えられても大丈夫だから」

看病され、食事や下の世話や体を綺麗にするのを手伝われながらも蒼馬は頼み込んだ。

「頼む、本当のことを知りたいんだ」

雪音も蒼馬の回復をみて、話すことに決めた。

蒼馬が療養する小屋のなか蝋燭(ろうそく)を灯し、ある夜雪音は話し出した。

彼女の父である鈴之緒(すずのお)一刹(いっせつ)、そして雪音と蒼馬の幼馴染で夫婦になったばかりの赤間(せきま)康太と加衣奈に起こったこと、どうやって蒼馬を堅柳宗次から助け出したのか…雪音は自分の眼で見たことや北方の忍から聞いた話をした。

話しながら雪音は自分の眼から涙が流れるのを止めることができなかった。

それは蒼馬も同じだった。

康太と加衣奈の最期を知って、雪音と蒼馬はふたりで朝日が昇るまで泣いたのだった。

翌朝になって、小三治が仲間から聞いた話を伝えてくれた。

「あの、“せきまや”に康太くんのお(ふくろ)さんがいただろう?」

「はい!赤間スヱさんです。どうなったんですか?」

泣きはらした真っ赤な目をして蒼馬も雪音も尋ねた。

小三治はそんなふたりを可哀想に思ってるのか、説明をした。

「彼女は間一髪で逃げおおせた。一部の北練井の常人はあの騒ぎのときに堅柳宗次が撤退して来た後の大橋を渡って北方に逃れたんだ」

小三治は言った。

「俺の仲間のひとりもスヱさんを乗せてしばらく北練井の街中を逃げてたんだが、最終手段で大橋を渡ってそのままアテルイ王国へ逃げたらしい」

「阿弖流為王国ですか?壁の森を抜けたところにある?」

雪音が尋ねる。

「そうだ。よく知ってるね、龍眼(りゅうがん)のお姫さま」

もう雪音の素性を明かされて知っている小三治は雪音をあらたにそう呼んだ。

「調べていたんです、父や洞爺坊(とうやぼう)さまが」

雪音は小さな声で言った。

そういえば洞爺坊先生はどうなったのだろうと思う。

「ともかくだ」

小三治は続けた。

「俺たちはここを畳んで一旦北方へ、二王国連合へ帰んなくちゃいけねえ。堅柳宗次ががこのままおめおめ南へ一生引き下がってくれるとは思えねえし、彼の動きも見極めなくちゃいけねえ」

小三治は雪音と蒼馬を見つめた。

「で、あんたがたふたりはどうする?北練井(ほくねい)にはもう帰れないだろ?」

雪音と蒼馬は顔を見合わせた。

「そこで提案があるんだ」

小三治は続けた。

「いっそのこと、このまま俺たちと一緒に北へ来ないか?」

雪音と蒼馬は顔を見合わせたまま一瞬まごついた表情となった。

だが雪音のほうはすぐになにかを決意した表情となる。

「わかりました。そうするほかなさそうです」

雪音は言った。

「そうこなくっちゃ」

小三治は嬉しそうだった。

いつの間に後ろに恩御姉もいてにやついている。

「いや、もし北方への侵攻作戦が続行された場合、こちらも情報が欲しくてね」

「私の知っていることなら何でも提供できます」

雪音は慎重に言った。

「わたしも父の仇である慶恩(けいおん)からの軍とは戦うと決めました。ただひとつ条件があります」

「条件?」

「はい。蒼馬くんも一緒に連れていき、わたしと同等に扱って欲しいのです」

「なんだ。そんなことか」

小三治は笑った。

そんなことと言われた蒼馬は複雑だった。

「心配しなさんな、龍眼のお姫さま。こっちははなからそのつもりだ」

「よかった。ではお願いします」

と、あっけなく彼らの北方行きは決まってしまった。

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