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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第174話 第10章「逃避行」その9

「な、そうだろ」

蒼馬は雪音に言った。

「俺がこんなにふがいないことにならずにここで堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)を倒してさえいれば、康太たちもひどい目に遭わずに済んだかもしれないんだ」

「それは私だってそうよ!」

雪音は言い返した。

「でもいま、怒りや後悔に捕われないで。それはあなたの傷が治るのを邪魔するだけなの。それじゃ仇討(かたきう)ちもできないわ」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「まずそこから離れなくちゃだめよ。あとはあなたはもうすでに傷を(いや)すべき場所にいるのと、優れた癒し人のお婆さんがあなたがいるべき場所を見せてくれるわ」

「その通りじゃ」

ヨルンバの声が響き、蒼馬はどこから聞こえてくるのかときょろきょろと頭を動かした。

「でも…ここで俺が堅柳宗次を何とかしたらその後に起こる運命を変えられるかもしれない」

「それじゃ」

ヨルンバの声が蒼馬と雪音の心の中で響いた。

「おまえはその何とか宗次とかいう男に斬られたことに対し、異常に怒っており、また後悔しておる」

「それは当然です!」

蒼馬は大声で返した。

「堅柳宗次のせいで多くの人が死んだんだ!彼の北方に攻め入る、という野望のせいで!そして俺は弱すぎてそれが暴走するのをまったく止められなかった!」

「そうだな。おまえはその男に酷い傷を負わされただけだった」

またヨルンバの声が響いた。

「そしてこのままではその傷が原因となって死んでしまうやもしれん」

「そうよ!」

雪音は蒼馬の作り出した苦痛に満ちた幻覚空間のなかで彼に駆け寄った。

「だからあなたはここから脱出して安らぎのある世界で傷を癒さなくちゃだめなの」

「安らぎのある世界だって?」

蒼馬は怒った調子で返した。

「ここに堅柳宗次を放っておいて?彼に好きにさせるの?」

「あなたがいま見てるのはあなたがつくりあげた幻想よ」

雪音は返した。

「あなたは堅柳宗次に斬られ、意識を失った。そのときの記憶に(とら)われてこの幻想空間をつくって自分を苦しめ続けているの」

「そうだったのか?」

今さらながら蒼馬は驚いた声を上げる。

「そうよ。幻想空間はわたしとあなたで何度もつくってきたでしょう?あなたはいま自分でそれを作ってしまったのよ」

「じゃあどうすればいいんだ…」

蒼馬は頭を抱えた。

向こうでは堅柳宗次が無限に続く襲撃の準備をしている。

幻想のなかの宗次は死人のように無表情だった。

雪音は蒼馬に、

「とりあえず目をつぶって。もう何も見ないで」

と言った。

ひざまずいて倒れた層雲坊の亡骸を抱く蒼馬の頭を抱いた。

どうしよう…雪音があたりを見回したときだった。

いななきとともに黒毛の馬が一頭駆け寄ってきた。

風切丸(かぜきりまる)!」

雪音が叫び、彼女の愛馬は彼女の横にぴたりと止まり、身を低くした。

どうやってかはわからないが、風切丸もまたこの幻想空間に入ることができたのだった。

「じゃあ実際にやったように、風切丸に乗ってここを脱出しましょう」

雪音が蒼馬に告げ、蒼馬は目を瞑ったままうなずいた。

雪音が手を引き、蒼馬を(くら)の前半分に座らせる。

雪音は後ろ半分に飛び乗った。

幻想の堅柳宗次が馬に乗って走り出し、無限に続くかと思われる襲撃を再開した。

「風切丸!行って!」

雪音が叫ぶと次の瞬間彼女の愛馬は立ち上がり、駆けだした。

堅柳宗次が手に持った刀を振り下ろしたが、今度は空を切った。

ふたりを乗せた風切丸は実際にそうしたように寺の門を疾風のように駆け抜けた。

雪音は片手で手綱(たづな)(あやつ)り、もう片手で前にいる蒼馬を抱きかかえていた。

「そのまま走り続けるんじゃ」

雪音の頭の中にヨルンバの声が響く。

風切丸はすぐに北練井の街を駆け抜けた。

すると眼前には雪音が見たことのない草原が広がっていた。

「そのまま。まっすぐ」

ヨルンバの声に従い、雪音は風切丸を走らせ続けた。

なだらかで低い丘の間を抜ける。

すると草地のまんなかに石でできた寝台があった。

“時の洞窟”で見たものだった。

「あそこに蒼馬くんを横にすればいいんですね!」

雪音は言うとすぐに愛馬を寝台の横につけた。

風切丸は完全にやることを理解しているかの様子で蒼馬をいたわるようにひざまづき、雪音はすぐに降りて蒼馬がなんとか平らな石の面に横たわるのを手伝った。


そこで不意に幻想が終わった。

「よくやった!」

ヨルンバが手を(つな)いだまま雪音に微笑みかけた。

我に返った雪音が見ると蒼馬は石の寝台にいた。

来た時のように横たわっているのだった。

ただその呼吸は心なし(おだ)やかになったように思われた。

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