第168話 第10章「逃避行」その3
しばらくは誰も帰ってこなかった。
が、本当に日が落ちてからどうやって道がわかるのか、よほど夜目がきくのか一人また一人と町人に変装した忍者たちが提灯も持たず帰って来た。
夜までに帰って来たのは老女ひとりと若い女ひとり、男が三人の計五人だった。
老女の方は他の忍者に「イズクメ」と呼ばれており、どうやら堅柳宗次に対峙する役目を負ったようで焚火の前に座りそういう話をしている。
小三治の言うことにはまだ三人ほどいるとのことだったが北練井の街で自分の担当する場所の収拾がつかないため街で夜をあかすことになりそうだとのことだった。
実際まだ戦闘がおさまり切っていない地区もあった。
帰って来た五人の忍たちは隠れ処の真ん中で焚火をつくり、それを囲んで色々と語り合っていた。
そうこうしている間にふたりの男が闇の中からふっと現れた。
ふたりは「鴉使いの鳥十郎」と「手裏剣の陰七」と呼ばれたがあきらかに偽名か、ただの呼び名、あだ名のようだった。
処刑場で処刑を見に来た町人に変装していた二人であった。
焚火のもとへ食事と湯を取りに来た雪音は鳥十郎から声をかけられた。
「雪姫さん、あんた赤間康太と加衣奈夫婦と幼馴染だったんだって?俺たちの調べじゃそうなってるんだが…」
「はい?」
「ふたりがどうなったか知ってるかい?」
「いいえ。なにかあったのですか?」
鳥十郎は陰七に目くばせし、彼も深刻そうにうなずいた。
そして「鴉使い」と呼ばれる男は雪音に、康太と加衣奈がどうなったかを話し始めた。
話を聞くにつれ、雪音は立ち尽くして口に手を当て、嗚咽するのを止めることができなかった。
「俺たちも助けようとしたんだ。でも一瞬だけ遅かった。すまない」
鳥十郎は頭を下げ、陰七もそうしたが雪音が泣き止むことはなかった。
彼女は小屋に戻り、蠟燭の光の下、蒼馬の口にそっと水を含ませた布を当てながらも涙を流し続けた。
自分はあとどれぐらい泣き続ければよいのだろうと思う。
今日一日で父親の鈴之緒一刹、幼馴染で親友の赤間康太と妻となった加衣奈を失ってしまった。
それも、この上なく残虐な方法で。
そして彼女の大事な草原蒼馬は命にかかわる傷を負って目の前に横たわっている。
「蒼馬くん、お願いだからわたしのそばにいて」
雪音は熱で意識が朦朧としたままの蒼馬の横に座り込み、涙を流したまま囁いた。
「またあなたの声を聞かせて。もういちど微笑んで。もうわたしとあなたしかいなくなってしまったの」
蒼馬はただ呻き声を返し、雪音は涙を流し続け月明かりのもと翌朝を迎えたのだった。




