第166話 第10章「逃避行」その1
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一度だけ、部分的にも目を通していただけるのはありがたい限りです。
これからも、ときに厳しく苦しい旅は続きますが、何卒宜しくお願い致します。
作者・石笛 実乃里より。
神奈ノ国の北端、北練井の周辺、北の大崖という人を寄せ付けないと言われている断崖絶壁に面して南側に広がる森がある。
大崖の北側、北方王国との間に文字通り壁のような存在となっている森は「壁の森」と呼ばれた。
対して大崖の南側に広がる森はそんな壁を何度も貫こうと企てる人々がいる側の森、という意味で「剣の森」と呼ばれることもあった。
また、この名には踏み込んだ者に剣を振り下ろすような災厄をもたらす、という意味もあった。
いまそんな剣の森の中を二頭の馬とそれに乗った三人の人物が進んでいく。
先頭の茶色い馬に乗る男は北方からの忍者のひとりである。
馬を進めながらその中年でいかにも常人風な着物を着た男は自己紹介した。
「とりあえず俺の名前は風来 小三治ってことになってる」
男は手綱を操り、草々や低木を馬で踏み分けながら話した。
「北方にはふたつ王国があるんだが、そのふたつの連合と独立した忍者の里が協力するかたちになってる。つまり二王国連合によって運営されてるってわけだ」
「そしてわたしたちはそんな忍者団の隠れ処のひとつに向かっているのですね?」
「そうだ」
後ろに続く黒い馬は風切丸であり、乗っているのは鈴之緒雪音だった。
その前には彼女に抱きかかえられるようにして草原蒼馬がともに風切丸に乗っている。
堅柳宗次に肩のあたりを斬られて、風来小三治に応急処置を受けた。
出血はおさまったが、発熱と朦朧とする意識はそのままだった。
雪音はそんな蒼馬を支えながら風切丸に乗せ、彼の肩越しに心配そうな視線を向けた。
「康太…加衣奈…」
蒼馬はうなだれるようにしたまま呻き続けていた。
雪音の胸中にもまたかれらに対する不安感が広がっていた。
かれらになにかが起こったのだ。
北練井でのあの狂乱の嵐の中、悪いことでなければ良いのだけれど…
雪音は願った。
そして小三治に言った。
「その隠れ処に着くのにはまだ時間がかかりますか?」
「いや、もうすぐだ。雪音姫さん」
小三治は答えた。
「その若者、蒼馬くんとか言ったかな、彼を運ぶのがしんどいなら俺の馬に代わって乗せてやるが?」
「いや、もうすぐならいいです」
雪音は断った。
「わたしが運ばないと…」
「そうかい。ほんとにあともう少しだからな」
小三治は答え、言った。
「それにしても堅柳宗次はひどい奴だな。こんな常人の普通の若者を斬るとは」
彼はもはや普通の常人の若者ではありません、と雪音は言いかけてやめた。
小三治の言葉通り、北方の忍者たちの隠れ処はほどなくしてやや開けた場所にその姿を現した。
と言ってもあきらかに人の手が入ったとわかる鈴之緒家の秘密の場所と違い、一見人の作ったものはそこに無いように思われた。
だが目と鼻の先にまで近付いてみると草に覆われて擬態したかのような小屋があるとわかった。
「ここだ。いまは留守番役がひとりしかいねえはずだが」
小三治は鋭く長く口笛をひとつ吹いた。
途中で音程が上がって下がる特殊な吹き方である。
おそらく合い言葉の代わりなのだろう。
すると上にある木の枝から飛び降りたのか、目の前に若い女の忍者が不意に現れた。




