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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第162話 第9章「狂乱の炎」その25

堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)佐之雄(さのお)勘治(かんじ)は戦闘があらかた鎮まった街の防壁の後ろで横たわった春日野(かすがの)慶次郎(けいじろう)の遺体と対面した。

宗次がひざまづいて慶次郎の体を抱きかかえる。

佐之雄勘治はその後ろでただ泣くことしかできなかった。

「宗次さま、申し訳ございません」

勘治は泣き声で言った。

「慶次郎が行くと言った時に力ずくでも止めておくべきだったのです。無理だとわかっているのに彼を止められませんでした」

「わかっておる」

慶次郎の亡骸(なきがら)を抱きかかえたまま答えた宗次は、悲しみにくれているというより、怒りにうちふるえているように思えた。

「こいつのことだ。誰が何と言っても自分が前線に行くと言って聞かなかっただろうな。そういう奴だった、いつも」

そこへ慶次郎の死に際に立ち会った武士団長から報告があった。

「宗次様、慶次郎様を殺傷したのは北練井の町人、常人でございます」

「そうか」

「我々はその若い男を捕えたのですが、誰もおらぬところでひと思いに斬り殺すのが宗次様の意向に沿うものかどうかわからず、我々の判断で先日再建された処刑場まで彼をひき連れております」

「なに?」

「申し訳ございませぬ。そのときこの場は混乱した戦場だったのです。ここに奴を留め置くと怒りに任せて常人どもが奪還に押し寄せる可能性があったもので…」

「それはいい。そこに私を案内せよ。自らの手で復讐してやる」

「はい。彼と彼の妻を捕えております。奴には母親もいて一緒に居酒屋をやっているのですが、おそらく北方からの忍の差し金で、母親には逃げられました」

「母親などいい。そいつ本人に復讐してやる」

宗次は慶次郎の亡骸から手を離し、立ち上がると、

「わたしを処刑場に案内せよ!」

と吠えた。


再建された処刑場は北の大門の横、北の大崖に接している。

石畳が敷かれ、ついこの間までただ穴が空いていた場所にはあらたに十字の杭が打ち込まれていた。

堅柳宗次と佐之雄勘治たちが馬でそこに着いたとき、赤間(せきま)康太(こうた)はすでにその杭に縛り付けられていた。

両脇には少し離れて槍を持った見張りの兵が一人ずつ立っている。

宗次以下十人ばかりの武士団が馬を降り、処刑場の隅に立つ。

「おまえか!手負いの春日野慶次郎を殺したのは!」

堅柳宗次は激情に任せて吠えた。

「慶次郎も脚の傷さえ無ければおまえごときに殺られなかったものを!この卑怯者!」

きつく縛られた赤間康太はうつむいてなにも言わなかった。

処刑場のまわりにはすでに北練井の町人が集まっており、すでにいた侵攻軍の兵士たちの監視を受けていた。

これから謀反(むほん)を起こす常人はこうなる、という見せしめが起こることを彼らは理解しているのだった。

そんな町人たちに混じってふたりの男がいた。

ひとりが横に立つもうひとりに唇を動かさずに聞こえる最も小さな声で話しかける。

(しのび)の技術であった。

「あいつを助けたい。町人たちの謀反の機運を削がないためにも」

「そうだな」

もうひとりの男も唇を動かさずに答えた。

「おまえの(からす)でなんとかできねえか?」

「俺の鴉はなんでもできる。隙を見て男の周りを飛ばして監視の目をそらせる。そのとき鴉にも縄をつつかせるし、おまえも手裏剣で奴の縄を切ってやるがよかろう」

「決まりだな」

「だが俺たちがやっていることがばれない(すき)を見つけるのが難しい」


康太は何を言われても返さないつもりでいた。

どうせ何を言っても処刑は執行されるだろう。

だがそんな彼が思わず驚愕の声を上げた。

侵攻軍の兵士たちの後ろから両腕を掴まれて引っぱられるように歩いて来たのは加衣奈(かいな)だった。

すでに蛇眼をかけられているのか、両眼は虚ろでぐったりしている。

「加衣奈!」

康太は叫んだ。

「おまえら、その娘をはなせ!その娘はなんの関係もない!」

康太はなおも叫んだが、宗次は冷たく言い放った。

「関係無いことはないだろう。おまえの妻なのだからな」

そして何かを思いついたような顔をすると、加衣奈を引き連れて来た兵士に、

「その娘をわたしの前に連れてこい。蛇眼をかけなおす」

と言った。

兵士たちが言われた通りにすると、宗次はその両眼を紅く燃え立たせる。

加衣奈は立ったまま雷に打たれたように硬直した。

宗次は両眼の蛇眼を消さぬまま加衣奈を見据え、自分の腰から小刀を抜いて加衣奈に手渡した。

加衣奈は虚ろな目のままそれを受け取ると康太の方へ向き直った。

いまは小刀を握ったまま自分の脚でふらふらと歩いている。

「加衣奈!」

康太が叫んだとき、その異変に気付いた。

加衣奈の両眼が紅色に燃えていた。

そして彼女は口を開いたが、出てきた声はいつもの優し気な加衣奈の声ではなかった。

低い男の声であった。

「最期におまえに珍しいものを見せてやろう」

加衣奈の口を借りた男の声が言った。

「“憑依の蛇眼”というものだ。わたしはいま、おまえの妻の体に乗り移っている」

「なにをする!」

康太はなおも叫んだ。

「おまえを処刑するのはおまえの妻だ。おまえはもっとも愛する人間にその命を奪われる。最も大事な部下を奪われた人間の悲しみを、悔しさを知れ!」

堅柳宗次は佐之雄勘治らの横になおも突っ立っていたが、意識の抜けた顔をしている。

武士のひとりがすかさず簡素な椅子を持って来て、宗次は勘治らの助けでそこになんとか座った。

宗次の意識は本当に加衣奈に乗り移ったかのようだった。

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