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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第160話 第9章「狂乱の炎」その23

堅柳(けんりゅう)宗次(そうじ)が急いで北練井城(ほくねいじょう)にもどったとき、そこにはもう智独(ちどく)鈴之緒(すずのお)一刹(いっせつ)春日野(かすがの)慶次郎(けいじろう)も、賀屋(かや)禄郎(ろくろう)さえもいなかった。

ただ智独の独断が引き起こした惨状の報告を佐之雄(さのお)勘治(かんじ)から聞いた宗次は、

「わたし自ら蓮華之(れんげの)燈院(とういん)に行く」

と言って聞かなかった。

正直智独のことはどうでも良かった。

ただ、まず鈴之緒一刹が本当に死んだのか確かめなければならないし、生きていれば内乱を誘発した(とが)で捕えなければならないだろう。娘の鈴之緒雪音の姿は見えないとのことだったが、一緒にいるならやはり捕えなければならないだろう。

むしろ彼が生きていれば寺で彼と決闘してでもこの事態の決着を付けさせたかった。

佐之雄勘治は珍しく自分も一緒に行くと言った。

宗次が激情に任せてさらに内乱の状況を酷くするのを恐れているようにも見える。

若く、手負いの春日野慶次郎が戦の現場に飛び込んで行ったのに自分は城にいるのを負い目に感じているのかもしれなかった。

結局城は盟友の崇禅寺武義に任せ、宗次は佐之雄勘治と部下の者に後から追ってくるようにだけ指示してすぐひとり馬を走らせたのだった。


草原(くさはら)蒼馬(そうま)はやっとの思いで蓮華之燈院に着いた。

そして自分が慣れ親しんだのとまったく違う、血生臭い光景をそこに見た。

彼は倒れている層雲に駆け寄った。

「層雲坊先生!」

彼は叫んで座り込み、冷たくなった層雲坊を抱きかかえた。

着物が層雲坊から流れる血で染まったが、それにも蒼馬は気が付かなかった。

蒼馬はただ涙を流し、

「層雲先生。ああ、俺がいればこんなことには…」

(うめ)くように声を発するだけだった。


堅柳宗次が馬に乗って蓮華之燈院の門から飛び込んで来たのはそんなときだった。

宗次は智独の死体を中心にその場に広がっている惨状にまず驚愕した。

そして生存者はいるかと寺の庭を見渡し、庭の隅に風切丸が手綱を繋がれもせず静かに待機しているのを発見した。

鈴之緒雪音がどこかにいる。

彼女の死体はどこにもない。生きているのだろう。寺の中だろうか。

そこに鈴之緒一刹もいるのだろうか。

他に生存者は…。

いた。

寺男が小さくなって斬られた僧侶を抱きかかえ、うずくまって涙を流している。

「おい、そこの寺男!」

宗次は怒鳴った。

「鈴之緒一刹と雪音はどこにいる!」

寺男は涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。

「どうしてこうなった‼」

寺男、つまり蒼馬は叫んだ。

「堅柳宗次!おまえが北方侵攻すると決めてから悪いことが起こった!層雲先生はなにも悪くないのに殺された!」

「俺のせいではないわ、若造!」

宗次は馬の上から怒鳴り返した。

「さてはお前、雪音殿と付き合っておる常人の寺男だな!ならば雪音殿と一刹がどこにおるかわかるであろう!」

宗次が言うと蒼馬は、

「そんなこと知るか!それより今も起こっている殺戮(さつりく)を止めてくれ!」

と叫ぶ。

「だからそのためにはまず鈴之緒家を捕えねばならんのだ!えい、かくなる上は蛇眼を使うのみ」

とその両眼を紅色に燃え立たせた。

確かに蒼馬の体は一瞬硬直したように思えた。

だが異変が起こったのはその直後であった。

蒼馬は両眼を閉じ、息を吸った。

吐き出すと同時に両眼を開く。

その眼はしっかりと堅柳宗次を見据えている。

蛇眼にはかかっていない。

「おのれ、蛇眼破りか!」

宗次は怒鳴った。

「雪音殿が仕込んだのか?いずれにせよ、蛇眼族に仇なす者は始末してくれるわ!」

宗次は馬上で腰の長刀を抜いた。

蒼馬は近くの僧兵の死体に駆け寄り、その腰から長刀を抜くと宗次に向かって構えた。

宗次は馬で蒼馬に向かって駆け寄った。

「ええい!」

蒼馬に向かって刀を振り下ろした。

蒼馬は手に持った刀でそれを受け、火花が散った。

しかし蒼馬は武術的には宗次よりはるかに未熟であった、

宗次の返す刀を身をよじって避けようとしたものの、その刃は蒼馬の左肩のあたりを深く斬った。

「うおっ!」

蒼馬は叫ぶとその場に倒れた。

「未熟者め!多少蛇眼破りができるからといって我に刃を向けるからこうなる!」

宗次はまた叫んだ。

「さあ、言え!鈴之緒家の人間はどこにいる?」

そう言われても蒼馬はなおも倒れたまま刀を片腕で持ち上げ、宗次に向かって構えようとした。

左肩から血が流れ、苦痛に顔を歪ませる。

殺すしかないか——。

宗次がそう思ったときだった。

「やめなさい!」

声が高く響いた。

雪音であった。

彼女は寺の内から外に出てきていた。

「鈴之緒雪音!」

宗次もまた馬上で叫んだ。

「あなたとあなたの父上を王府軍に対する謀反の罪で逮捕する!鈴之緒一刹はどこにいる?」

「父は亡くなりました!」

雪音は叫んだ。

「智独の僧兵団による理不尽な矢を受けて!」

「そうか…」

宗次は言うと

「では雪音殿、あなただけでも城へご同行願おう。命までは取らぬ。色々聞きたいことがあるだけだ」

「いやです!」

雪音は言い放った。

「私は草原蒼馬とここを出ます!風切丸!」

名を呼ばれた彼女の愛馬が飛んできた。

彼女は蒼馬のそばに駆け寄った。

「さあ。ここを出るのよ。いつもの場所に行きましょう。しっかりして」

風切丸が蒼馬のそばに寄ってくる。

蒼馬は半ば朦朧としていたが、彼も雪音も非常事態の時に出る不思議な力というものが作用した。

どうしたかはわからないが、蒼馬は風切丸の上におり、雪音は彼の後ろに乗ってかれの体を支えた。

「ええい、面倒な!」

宗次は怒鳴ると再度その両眼を紅色に燃え立たせた。

雪音もそれに対抗して素早くその両眼を光らせる。

雪音のそれは“龍眼”であった。

宗次にとっては初めて龍眼に対峙したことになる。

そしてすぐ自分の蛇眼が無効化されたことを悟り、驚愕した。

そのとき、寺からさらに二人の武士が刀を抜いて宗次に向かってきた。

「堅柳宗次め!一刹さまの仇!」

と叫んでいる。

馬上の宗次がその二人に応戦している間、雪音は風切丸を疾走させ始めた。

風切丸は疾風のように寺の門を飛び出した。

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