第158話 第9章「狂乱の炎」その21
「康太、おまえはみんなの後ろにつけ」
安兵衛は耳打ちするように康太に言うと自分も飛び出した。
全身の血液が逆流するような感覚を覚えながら康太はいかにも素人な構え方で長刀を両手で持ちながら防壁を出た。
そこには血みどろの争いが繰り広げられていた。
蛇眼破りの声を背景にしながら常人たちは蛇眼族の武士に斬りかかり、武士たちは応戦していた。
すでに常人、蛇眼族ともに数人が血を流して倒れている。
康太は震え上がりながらも刀を握りなおした。
自分も戦わなければ。
そのとき、後ろから
「何をしている!みな、鎮まれ!」
と怒号を発し、杖を使い、びっこを引きながらも早足で近付いてきた武将らしき人物がいた。
自分も戦おうと気負い、刀を構えて突っ込んでいった康太とちょうどぶつかる位置に向かっていったのだった。
武将は春日野慶次郎であった。
もし彼の脚が大丈夫であれば、たとえ蛇眼破りの声があったとしても康太の突進を難なくかわしたであろう。
だが、彼は手負いであった。
康太と慶次郎はまともにぶつかった。
康太は刀から手をはなし、その場にもんどり打って倒れた。
倒れながらも彼は、
「一刹さまの仇!親父の仇!」
と叫んでいた。
一方、慶次郎は杖を支えにそこに立ちつくしていた。
康太の手を離れた刀は彼の腹に深々と突き刺さっていた。
鮮血がそこから流れ出て、慶次郎はそこに手を当てた。
手に付いた自らの血を見つめ、彼は大きくため息をつくと後ろに大きく倒れた。
周囲が一瞬静かになる。
闘っていた武士たちの長らしき男が
「撤退!」
と叫んだ。
叫び、引きながらも彼は倒れている康太の腹を蹴飛ばした。
康太は大きく呻き声を上げた。
腹を蹴られた痛みで意識が遠のいてしまう。
北練井の常人たちもまたばらばらに防壁の後ろへと逃げ帰っていた。
安兵衛は一瞬躊躇した。
が、武士のひとりから一太刀浴びせられると応戦しながら撤退せざるを得なかった。
武士たちは慶次郎を担ぐように運び、一方赤間康太を引きずって自分たちの急ごしらえの防壁の後ろ側まで連れて行った。
康太はまだ失神したようになって動けない。
「慶次郎さま!」
武士のひとりが叫んだが彼は目を閉じてもう何も応えることはなかった。
また別の武士が
「堅柳さまが何と言うか…」
と呟く。
「こいつはどうしますか?」
康太を捕えていた武士が長らしき人物に尋ねる。
「ううむ…」
長は唸り、
「死罪は免れんだろうがここでひと思いに殺してしまえば後で堅柳宗次さまが何と言うか…」
と言った後で、
「そうだ、このあいだ再建した処刑場にこいつを連れて行こう。宗次様の立ち合いで北練井の常人ども、謀反人どもに対する見せしめとするのだ。処刑場は大崖の向こう側にも見えるようになっているから北の忍たちに対する牽制にもなる」
「こいつ、“せきまや”の大将じゃないか」
武士のひとりが言った。
「こないだこいつの店に行って飯を食って酒を飲んで来たばっかりだ」
「本当か?」
長は尋ねた。
「本当です」
武士のひとりが答えた。
「たしかかみさんと母さんと、家族で切り盛りしてたような気がします」
「よし」
長は言った。
「こいつの罪は家族全員打ち首に値する。家族も捕えなければ」
「ちがう!」
組み伏せられたまま意識をなんとか取り戻した康太は叫んだ。
「俺には家族なんかいない!」
だが長はすぐに
「嘘をいうな!」
と叫ぶとまた康太を蹴飛ばし、呻き声を上げさせた。




