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蛇眼破り  作者: 石笛 実乃里
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第150話 第9章「狂乱の炎」その13

その蓮華之燈院(れんげのとういん)で、真叡教(しんえいきょう)成錬派(せいれんは)鉄槌(てっつい)を下すべく“儀式”の準備が整ったとの知らせが北練井(ほくねい)城にいる真叡教斎恩派(さいおんは)儀礼僧長・智独(ちどく)にもたらされたのはその少し前のことだった。

そして智独と彼の僧兵団はあらかじめ計画していた行動を開始した。

まず彼らは、交渉と言う理由をつけて洞爺坊(とうやぼう)を城に呼んでおいた。

そして()()が始まるや否や、彼を拘束した。

実際の武力を持つ僧兵団にとって老僧ひとりを拘束するなど容易(たやす)いことだった。

洞爺坊は彼の隠していた教典が発見されたこと、その中には彼が密かに北方に出向いていた証拠となる教典も含まれていること、また禁忌となる“蛇眼破り”の術式を説明したものが含まれているなどの“罪状”を僧兵団から聞かされた。

洞爺坊が智独一派によって拘束された報はすぐに北方鎮守府に伝わった。


智独たちが借りている北練井城の一角には角材の格子で閉ざされた板間の狭い座敷牢がある。

その出入口は(かんぬき)をかけられ、僧兵が二人立って見張りをしていた。洞爺坊はその真ん中に座り込んで瞑想をしているかのようだった。

北の大門で堅柳宗次の出撃を見送ってからすぐの鈴之緒一刹(すずのおいっせつ)賀屋禄郎(かやろくろう)が駆け付けたのはそんな座敷牢の前であった。

一刹はすぐ見張りの僧兵に洞爺坊の解放を命じた。

が、僧兵は智独様の許しがないとできない、その智独はいま自ら調査と確認のために蓮華之燈院に向かっていて連絡がとれない、の一点張りであった。

一刹がいよいよ強行突破まで考えたとき、格子の向こうから洞爺坊が口を開いた。

「一刹さま。わしは大丈夫ですじゃ」

洞爺坊は続けた。

「彼らはわしを閉じ込めておくだけで痛めつける気までは無いようですじゃ。少なくともいまのところは」

「ではわれわれはどうすれば?」

と問う一刹に洞爺坊は格子越しに顔を近づけた。

「彼らはわしに罪状なるものを申し立てました」

洞爺坊は続けた。

「そして残念ながらそれは大筋において間違ってはおりませぬ。わしが過去ひそかに北方へわたり教典を手に入れたこと。それを現在にいたるまで隠し持っていたこと」

「それは我々の間では暗黙の了解だったではないですか」

一刹が小声で強く言うのに洞爺坊は微笑んだ。

「そしてその教典のなかに禁忌である“蛇眼破り”の秘法が記されている、とこれが彼らの申し立てるわしの罪状なのですじゃ」

洞爺坊は格子につかまるようにして一刹にさらに近付いた。

「そこで一刹さまにお願いがあります。いま蓮華之燈院には弟子の層雲ひとりしかおりませぬ。智独めは教典を燃やすぐらいやりかねないですし、層雲がそれを指をくわえて眺めているとも思えませぬ」

「はい」

一刹はうなずいた。

「彼のことが心配ですじゃ。蒼馬は寺の畑仕事ですぐ帰ってくるかもわからんのですじゃ」

「娘の雪音がいま彼と一緒かもしれません。雪音はその北方の秘法で蒼馬君に蛇眼破りの修練を積ませようとしているようですから」

「御存知でしたか。実は修練はかなり進んでおるのですじゃ」

「そうなのですか」

「いづれにせよ、寺にはいま層雲ひとりですじゃ。どなたか北方鎮守府の方を寺に遣って層雲をまもってくれませんかの。わしの解放はその後で結構ですじゃ」

「わかりました。私自身が出向き、層雲殿の安全を確保しましょう」

「本当ですか。それはかたじけない」

「帰ってきたらあなたを必ず解放します。それまでしばし待たれよ」

一刹は彼が寺に向かう間、禄郎に留守番を頼んだ。

では、と背を向けて足早に廊下を立ち去る一刹を座敷牢の内と外から洞爺坊と賀屋禄郎は見送った。


層雲は後ろ手に縛られ、蓮華之燈院の庭に連れ出されていた。

両脇には相変わらず彼を組み伏せた屈強な僧が二人ついている。

そして彼の目の前には発見された教典たちが山と積まれていた。

(ひき)(うま)に乗った智独と三十人を超える僧兵団の一群が到着したのはそんなときだった。

寺の門をくぐるとき、智独は横を歩く僧兵団長に小声で話しかけた。

「北部の者どもには情報は流したな?」

「はい」

僧兵団長は答えた。

白瑞(はくずい)源一郎(げんいちろう)はじめ、北練井にいる北部諸侯には情報が流れているはずです」

「よかろう」

智独はほくそ笑んだ。

「われら斎恩派は異端である成錬派を撲滅する。容赦はしない。今日は北部の者どもにそれを広く知らしめるのだ」

「御意」

僧兵団長は薙刀(なぎなた)を片手に頷いた。

彼らが蓮華之燈院の庭に着いたとき、層雲は馬上の智独をきっと睨みつけた。

「ずいぶんと都合の良い時間に御到着ですね。まるで事前に準備していたかのようだ」

層雲の横にいた屈強な斎恩派の僧が怒ったように彼を縛った縄を引き、彼に無理やりお辞儀のような動作をさせた。

智独は僧兵団長に介助されながら馬を降りた。

「さて」

智独はもったいぶったように口を開いた。

「私が聞いたところでは成錬派の僧が禁忌の書、しかも北方から入手した書物や巻物を隠し持っていたのを発見されたとか」

そこにいる斎恩派の僧が一人かがんで庭に積まれている巻物をひとつ拾い、智独にこれです、と差し出した。

智独は受け取るとその古びた巻物を広げ、視線を横に動かして目を通し始めた。

途端にその表情がしかめ面になる。

視線を巻物から上げ、彼は鋭い口調で層雲を詰問した。

「これはなんだ?」

層雲は睨みつけるような視線のままで答えた。

「それは私が北方へ潜入し、偶然入手したものだ」

「白々しい嘘を!」

智独は何度も公然と見せたように逆上し始めた。

「これはお前の師匠、洞爺坊が北方へ出向き、入手したものだろうが!洞爺坊は真叡教を乱した罪で万死に値するぞ!」

「違う!」

層雲は言い張った。

「洞爺坊先生は関係ない!あくまで私の勝手でやったことだ!」!

「ふん!」

智独は鼻を鳴らした。

「私には蛇眼族にもかけられる“龍眼(りゅうがん)”がある。その力でお前に本当のことを白状させてやろう」

智独の両眼が紅色に光りだした。

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