第146話 第9章「狂乱の炎」その9
穴の周りにはその中に入っていたであろう古い巻物や綴じた本たちが山と積まれている。
それらが何であるか層雲にはすぐわかった。
洞爺坊が二十年以上前、命を賭して北方から持ち帰った経典の数々だった。
斎恩派の僧たちのひとりでうずくまって穴の中を物色していた者が、
「それで全部のようだ」
と言う。
別のひとりが仁王立ちとなって巻物のひとつを解き、ぞんざいな素振りでそれに目を通し始めた。
「な、何をしている…」
層雲が口を開いて一歩前へすすんだとき、僧たちの中で特に屈強な二人が両側から彼の腕を掴んだ。
動けなくなった層雲に巻物を読んでいた僧が口を開いた。
「これはどう見ても読んでも我ら神奈ノ国で書かれた教典ではありませんな」
「乱暴に扱わないでくれ!それは…」
と言葉を詰まらせた層雲をその僧は睨みつけた。
「そう、これは北方の蛮族どもによって書かれたものだ」
僧は続けた。
「おまけにこの巻物には禁じられている事項に関して書かれている。そう、“蛇眼破り”に関してだ」
層雲はさらに言葉に詰まった。
「北部の寺の僧がこのような魔導書に準ずるものを隠し持っていたとなれば大問題ですぞ。これはもう我らだけでは処理できない。智独様をお呼びし、判断を仰がないと」
智独を?呼ぶ?報告でなくて?この僧の芝居がかった態度はなんだ?
そこで層雲にはわかった。
いま起こっていることはすべて仕組まれている。
彼らは以前より洞爺坊の隠した北方よりの成錬派の教典を見つけ出していた。
それをこのとき、堅柳宗次が北方侵攻のために北練井をはなれ、侵攻軍本隊の目も本格的に北方に向けられるこの日に偶然見つけたかのように装っているのだ。
今までのように、神奈ノ国の内輪揉めともいえる宗派間の争いを嫌う堅柳宗次に気兼ねする必要が無くなり、彼らの僧団と僧兵団が好き勝手できるようになるこの日を。
屈強な若い僧ふたりが層雲坊の腕をさらに強くひねり上げ、層雲は思わず立った姿勢から両膝をついた。
「…我々には自由があるはず」
層雲は絞り出すように声を発した。
「自らの信ずるものを信ずる自由が」
巻物をつかんだ僧は吠えるように返した。
「だがそれは“蛇眼破り”を教え伝える理由にはならない!われわれの存亡にかかわる!」
そして他の仲間に一瞬目で相手を送り、また言葉を発する。
「いずれにせよまずは智独さまに報告だ。そこのおまえ、使者の役を果たしてくれるか?」
僧のひとりがすかさずはい、と返事をする。
「図ったな!前からこうすることは決めていたのだろう!」
層雲は叫んだが、命じた僧は彼をちらりと見ただけであとは無視し、続けた。
「北練井城には洞爺坊殿もいるだろう。智独さまと僧兵団に彼を拘束し、城に閉じ込めておくよう要請するのだ。彼は危険だ」
「これらの教典はわたしのものだ!洞爺坊先生は関係ない!」
層雲はまた叫んだが、目の前に仁王立ちとなった僧は、
「また白々しい嘘を。智独さまと僧兵団が来るまでそうやって自由を奪われているのが良いだろう」
と言っただけだった。




