第144話 第9章「狂乱の炎」その7
蒼馬は雪音とつくった幻想の空間にいつものようにいた。
いつものように、沼のまんなかに浮かんだ陸地の上にひとりぼっちでいる。
彼はここにいるとき、いつも一匹の小動物としてうずくまっている。
ただそれがどのような動物か、ということに関しては変化があった。
この体験をはじめたとき、彼は小さな野ネズミのような存在だった。
それが回を重ねるたびに少しずつ大きなネズミとなり、いまはイタチにちかいような生き物となっている。
そしていつものように沼の中から蛇が鎌首をもたげてうねりながら近付いて来た。
蒼馬である動物は四つ足をぴんと伸ばし、背中を丸め全身の体毛を逆立て、口から牙をむき出して臨戦態勢をとった。
巨大な黒い蛇は蒼馬の眼前まで来ると鎌首を高くもたげたままぴたりと止まった。
その口から二股の舌がムチのようにしなっている。
蛇の両眼が真紅に光り始めた。
蒼馬はそれを直接見ないように視線を少しそらした。
蛇眼がうまくかからない。それに気が付き、しびれを切らしたのか蛇は蛇眼を光らせたまま直接の暴力に走った。
二股の赤い舌を振り回すようにしながらその口を最大限に開け、牙をむき出して蒼馬である動物に襲いかかる。
だが蒼馬は冷静だった。
蛇眼の力が自分の頭脳に押し寄せるのを感じ、それが自分の頭脳の核たる部分に侵入しないように意識でかわすようにする。
同時に自分の動物としての体もひねり、蛇の牙が自分の体を貫く直前にそれをぎりぎりで跳ぶようにかわした。
巨大な黒い蛇の頭が動物の蒼馬の横をかすめる。
蒼馬は夢中になって口を開け、蛇の首に嚙みついてその牙を突き立てた。
蛇から鮮血がほとばしり、蒼馬は返り血を浴びる。
蛇は苦痛にのたうち回り、暴れ回った。
これ以上、相手をするのは無理だ。
蒼馬がそう思ったとき、夢から醒めるように幻覚が終わった。




