第133話 第8章「侵攻の足音」その20
翌朝、北練井城から侵攻軍本隊の使い走りが蓮華之燈院に来て層雲坊の言っていたことが現実になった。
その日の午後から蒼馬は北の大門に徴集され、土塁の撤収作業に従事させられることとなったのだった。
蒼馬が言われた時間に北の大門まで行くと、そこには同じように徴集された北練井の若い常人の男たちがすでに何十人といた。
そしてそこにはふたつの軍隊がいた。
ひとつは北部諸侯から招集された軍である。
率いるのは鈴之緒一刹の盟友、白瑞源一郎。
もうひとつは慶恩の都から来た北方遠征軍の本隊であった。
こちらは名前もわからぬ将校が指揮している。
蒼馬は北の大門にまで来てすぐ、
「よっ」
と声を掛けられた。
もちろん、蒼馬にそんな声の掛け方をする人間は一人しかいない。
「よっ、康太」
と蒼馬も返した。
「なんか、ついこないだ作った土塁をもう撤去するんだって?」
康太は両手を頭の後ろで組んで蒼馬に小声で話しかけた。
「なんだかなあ。それに北方鎮守府が指揮してた前回と比べてなんか雰囲気が殺伐としてていやな感じだ」
「こらあっ!そこの若者!」
突然怒号が響き渡った。
馬に乗った将校がひとり近付いてくる。
甲冑姿で、完全に戦闘準備中といった風である。
北方遠征作戦の本隊所属の将兵であった。
どうもその男が遠征軍側の現場指揮官のようだった。
「なにを呑気な格好をして無駄口を叩いている!これよりお前たちがやるべきことに関して命ずるからよく聞くのだ」
「どうもすみません」
赤間康太は素直に詫びを入れ、両手を降ろした。
「いきなり呼ばれたもんで、戸惑っちまって」
康太は付け加えた。
蒼馬はなんとも言い難い、いやな予感が頭の中を走るのを感じた。
昨日のあの時、斎恩派の僧が蒼馬に蛇眼をかけようとしたときと同じだ。
傲慢な蛇眼族が常人を服従させんとその悪しき力を発動させる予感…。
遠征軍の将校が口角を歪ませ、兜の奥でにやりと笑うのが見える。
「おまえはどうやら少々頭が弱いらしいな」
将校はにやつきながら言った。
「そういう常人にはおあつらえ向きの方法がある」
蒼馬の嫌な予感は当たった。
将校の両眼が紅色に燃え上がった。
土塁の前で集まり、康太と蒼馬の周りに立っていた十人ばかりの北練井の常人の男たちが恐れおののいたように呻き声をあげ、飛びのくように離れる。
蒼馬は不思議と冷静だった。
立ち尽くしながらも、この侍は同時に多人数に蛇眼をかける“多数掛け”はできないのだと悟った。
厳にいま、自分は蛇眼にかかっていない。
だが、赤間康太はそれどころではなかった。
蒼馬が彼に目をやると、康太は金縛りにあったように立ち尽くし、全身から汗を噴き出している。
なんとか動こうと全身の筋肉に力を込めているが、動くことはできない様子でこめかみには血管が浮かび上がり、まばたきもせず両眼を必死な様子でいっぱいに見開いている。
あたかも首を絞められているようだった。




