第124話 第8章「侵攻の足音」その11
ともに列島世界を旅してくださっているみなさま、いつもありがとうございます。
今回は特に結婚式という慣れないシーンを書かなければならなくて、特に苦労したパートでした。
ともかくもうちょっと書くペースを早めたいです…。
これからもよろしくお願いします。作者より。
「そんなことより、」
老僧の顔にいたずらっぽい笑みが戻った。
「おまえたちには雪姫さまに報告せねばならぬことがあるのだろう?」
「ああ、そうだった!」
康太が自分の額を自分の手でぴしゃりと叩き、加衣奈がそれを見て笑った。
そして二人は雪音に結婚の報告をした。
もちろん雪音は飛び上がらんばかりに喜んだ。
明日の夕、とりあえずささやかな祝宴を赤間家の店で開くことも告げると、雪音は出来る限り行くことを約束した。
行くときはお忍び、というかたちになってしまうが…
とりあえず目的を果たした蒼馬たち四人は帰ることになった。
雪音は彼ら四人を城に入れてもてなそうとしたが、洞爺坊はそれをやんわりと断った。
「いまは城のなかの空気はなにかととげとげしくなっているのは承知していますのでな」
と洞爺坊は言った。
そんななか、過剰なまでに常人の肩を持っている、と噂される雪音がその常人たちを勝手に北練井城に引き入れた、と思われれば迷惑をかけるどころの話ではない、というわけだった。
そんなわけで蒼馬ら四人は帰路につき、雪音は城門で彼らを見送った。
蒼馬は歩きながらふと振り返った。
もうだいぶ離れているが、夜の暗闇の中で城門の両脇にある篝火に照らされ、まだそこに立っている雪音がいた。
振り向いた蒼馬に気付き、にこりと微笑んで小さく手を振った。
蒼馬も思わず同じことをしてしまう。
自分から念を飛ばして通じ合う、などと実験めいたことをした後だからだろうか。
鈴之緒家の秘密の場所、泉のほとりで雪音から額をつけられ、幻覚の世界にいざなわれるときよりも雪音と心でつながっていく感じが蒼馬にはするのだった。
ずっとこの感じを味わっていたいな、と蒼馬が思った時には雪音は城門に入り、姿を消してしまった。
翌日の夕方である。
十人ほどの常人とふたりの蛇眼族の僧侶が間を詰めるようにして、板間に集まっている。
さほど大きくもない板間に人が沢山いて、それだけで室温が上がっていくようだった。
そのせいではないが、うつむいた新郎新婦の顔は心持ち赤らんでいるように見える。
ここは赤間家が営む居酒屋の奥にある生活用の部屋だった。
そして今夜はそこで婚礼の儀が進んでいるのであった。
といっても当の本人たち、つまり赤間康太と加衣奈の希望もあってその儀式はとても簡素であった。
彼らの希望だけでなく、他にもいくつか理由、というか事情がある。
まず、いまは北の大壁が開いて大門となり、北の蛮族の襲撃に備えながら侵攻計画を進めている。
つまり戦時下に準じている。
個人的でささやかな祝い事すら憚れるような空気が北練井の街じゅうにたちこめているのだった。
ただ、それよりむしろ大きな理由は加衣奈の両親のことだった。
彼らはずいぶんと前から病や痛みに悩まされきた。
加衣奈の父親は肺の病で歩くと苦しくなり、また咳が出始めるとなかなか止むことがなかった。
母親の方も両手指をはじめ、腰や膝の痛みに悩まされる日々が続いている。
そんなふたりに負担をかけたくない、と加衣奈も康太も短くて簡素な結婚式を望んだのだった。
ただ、ひとつだけ普通の常人が執り行う結婚式より豪華な点があった。
真叡教の修道僧が二人、しかも蛇眼族の僧が婚礼の儀に立ち合い、結婚の契りを認めることになったのだった。
これは通常、常人同士の結婚ではされることがない。
最近、北部にのみいる成錬派の常人下級修道僧がこれを執り行っていると言われていたが、あくまで非公式なものだった。
そんなわけで蓮華之燈院の僧であり、蛇眼族である洞爺坊と層雲坊が結婚の契りの認証を行うと申し出たとき、康太と加衣奈の家族は驚いた。
「いやなに、教え子ふたりのためにひと肌脱ごうかと思いましてな」
と、洞爺坊は相変わらず老僧でありながら屈託のないいたずら坊主のようだった。
「我々は修道僧であって儀礼僧ではないので簡素なものになりますが」
まだ若く、生真面目な層雲坊は説明した。
「そもそも成錬派では斎恩派と違って修道僧と儀礼僧を分けないのです」
ともかく、このようにして居酒屋の奥の少しみすぼらしげでちっぽけな板の間に新郎新婦とその家族、そして僧二人が所狭しと座ることとなった。
そしていつもは閉められている障子が外され、今日だけはその板の間と居酒屋の店内とがひとつながりとなっている。
そして居酒屋の側には椅子と小上がりに両家の友人知人が十数人ほど座り、板の間の面々を見守っているというわけだった。
蒼馬以外の学問所の友人である数人の男女は居酒屋の側にいたが、蒼馬だけは康太の母親であるスヱの願いもあって板の間の側でかしこまって正座している。
「それでは、結婚を司る“契りの神”に誓約するときである」
康太と加衣奈の前に座った洞爺坊もこの時ばかりは神妙な面持ちで言葉を発した。
「赤間康太よ。汝はいついかなる時も椎原加衣奈を守り、幸せにすると誓うか?」
「誓います」
「椎原加衣奈よ。汝は赤間康太の誓約を受け、彼を夫として認めるか?」
「認めます」
「両者ともお互いを伴侶とし、お互いを支えあうことを誓うか?」
二人は顔を真っ赤にしながら顔を見合わせ、
「誓います」
と声をそろえて言った。
洞爺坊はかすかに咳払いをしたのち、
「ここに“契りの神”の名において赤間康太、椎原加衣奈、両名の結婚を認めることとする」
と唱えた。
そして神妙な表情を崩し、微笑んだ。
そこにいた一同の顔からも思わず笑みがこぼれる。
それで簡素極まりない婚礼の儀はひとまず終了し、あとはにぎやかな宴となった。




