第120話 第8章「侵攻の足音」その7
赤間康太と椎原加衣奈が二人で蓮華之燈院にやって来たのはそれから三日経ってからだった。
もう暗くなりつつある夕方の遅い時間であったが、そのとき蒼馬は畑から帰って寺院の中ではなく正門を抜けてすぐの庭にいた。
二日前の夕方、蒼馬が畑から帰って来た時、康太がふらりと寺にやって来たのだった。
加衣奈と一緒に話したいことがある、というので用事を空けたのだった。
蒼馬はてっきり学問所の再開に関して二人が相談しに来たのかと思っていた。
だから康太とお互いやあ、と会釈した後で蒼馬はいきなり、
「学問所のことなんだけど、まだ再開のめどが立ってないんだよ。洞爺坊先生も層雲坊先生も慶恩の都から来た軍に対応するとかで北練井城に行くことが多くてさ。正式な卒業に必要な講義数はあと数日ほどなんだけど…」
と話し出した。
康太はそれを聞くと苦笑いして片手を軽く上げて振り、蒼馬の話を止めた。
「今日はその話じゃないんだ」
苦笑いの表情のまま振り返って斜め後ろに立っている加衣奈に目くばせする。
加衣奈は黙って微笑んだまま頬を少し赤らめてわずかに頷いた。
蒼馬は狐につままれたような顔をしている。
康太はさすがに呆れて、
「おまえやっぱり鈍いんだな…」
と蒼馬の顔を覗き込んで妙に納得したような顔をした。
加衣奈は思わず吹き出してしまう。
「雪音ちゃんも大変ね…」
笑いながら加衣奈はそう言った。
蒼馬は最近の雪音とのやり取りを思い出して心臓がどくんと鳴ったような気がした。
「なんだよ」
動揺を隠すように、蒼馬は不満気に口をとがらせて康太に言った。
「いや、確かに早いとは思うんだよ。でも俺たちもう成人とみなされる歳だし」
「だからなんだよ」
「俺たち夫婦になろうかと思うんだ」
康太は加衣奈を振り返って見つめながら言った。
加衣奈も恥ずかしそうにうつむきながら小さくうなずいた。
「えっ…」
蒼馬は口をあんぐり開けて立ち尽くした。




