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 通報の三時間前。

 エリーは車をジェシカの家の前に停めるとブザーを鳴らした。ジェシカはすぐに出て来た。

「エリー!」

「マックスがいなくなったってどういう事?」

「入って」

 エリーは中に入ると、ジェシカの両親がリビングで朝食を食べながらニュースを見ていた。

「あ、おはようございます」

「ああエリーちゃんかい、おはようよく来てくれたね」

「おはようエリー。ごめんね、ジェシカが大げさに騒いでいるだけよ」

「何言ってるのよ! 今まで朝になっても連絡もつかないなんて無かったじゃない! 何かあったのよきっと!」

「きっと友達の所にでも泊まっているのよ。お酒でも飲んで寝てるんじゃないの?」

「そんな訳ない! あんな状態になってるんだもの! もしかしたらまだリストに載ってないだけかもしれないじゃない!」

 ジェシカは涙ぐんで指で目を拭った。

「ちょっと待って何の話?」

「昨日の港の騒ぎ知ってる? カルテルとギャングの抗争で何人も死んだって」

「うん、ニュースでやってた」

 ジェシカが鼻をすすったのを見てエリーが目を見開いた。

「……え? まさかあの中にいたの?」

「そう。今まで皆には黙ってたんだけど、ディージェイの運転手をやるって言ってたの」

「そんな……」

 両親も初耳だったらしく驚いて声を張り上げた。

「何だそれ? なんで今まで黙ってた!?」

「そうよ! そんな犯罪の片棒を担ぐような……!」

「しょうがないじゃないあいつがそう言ったんだから! 別に麻薬とかじゃないし簡単な仕事だって言ってたのよ!」

 父親が母親の肩を抱いてニュースを今までとは違う目で見ている。ジェシカがエリーを見て続けた。

「きっと何かヤバい取引に関わったのよあいつ。電話も出なくて。死傷者も全員身元が分かってるとは限らないでしょ」

 ニュースでは繰り返し同じ事件を報道している。四人はしばらく黙ったままテレビの画面を眺めた。

 やがてジェシカが口を開いた。

「私警察に行ってくる」

 エリーも頷いた。

「失踪届ってやつ? あれを出してくる。探してくれるかは分からないけど」

「俺も行く。車に乗れジェシカ」

 父親が立ち上がった。

「私も探してみる。父さんに聞けば何か分かるかも」

「ありがとうエリー」

「エリーちゃん、絶対に裏路地とか人気が少ない通りは行っては駄目よ。あなたに何かあったら大変だもの」

「分かってる。ありがとうおばさん」

 エリーはジェシカの母親と抱擁した後ジェシカ、ジェシカの父と共に家を出て、ジェシカ達は父親の、エリーは自分の車に乗って発進し、車は高層ビルが建ち並ぶ街並みに吸い込まれていった。



 トムは坂の上の道で車を停めて降りた。ガードレールの向こう側には草原の丘が広がっている。この道は五年前、教会から大通りに出るための坂にできた道だ。日曜に教会に行く習慣がある人のためにと思って作られたのだろうが、市の中央にある教会に行く市民がほとんどでこちらにわざわざ通う者はほとんどいない。丘の向こう、少し低い位置に古い教会が建っていて、ここからは見下ろすように孤児達が外で遊んでいるのが見える。

 車の音がして目をやると、停まった車からスーツ姿のアレックスが降りて来て、手を上げてトムに近付いて来た。

「急に呼び出して悪かった」

「いや」

 アレックスはガードレール越しに教会を眺めて呟いた。

「変わってないなあそこは」

「ああ。相変わらずのボロ教会だ。神父は元気かな」

「はっあいつが死ぬようなタマかよ!」

「まあそれもそうか。あいつのお菓子をつまみ食いした位でめちゃくちゃ怒りやがってよ」

「いつでも逃げられるように窓を開けてからつまみ食いしたっけな」

「そんで二人でよく抜け出してここから街を眺めてたっけ」

 二人はしばらく教会を眺めていた。

「……それで? 何か話があるんだろ?」

 アレックスは煙草に火を点けて煙を吐いた。

「この教会はアントニオさんが建てた。俺達はここで育って、俺はアントニオさんに拾ってもらってカルテルに入った。お前はおじさんに引き取ってもらって堅気の商売を選んだ」

「ああ」

「お前は知らないだろうが、あれから俺はだいぶ数字に強くなったんだ。向こうで勉強してよ」

「出世したのか?」

 アレックスの表情が曇った。

「ああ……まあな。会計士から秘書になって今は売上の計上なんかも任されるようになった。アントニオファミリーの懐事情が分かれば市全体の経済も理解できる……おかげでどれだけこの街が腐ってるかがよく分かったよ」

「……」

「俺はアントニオさんに感謝してた。だからカルテルにも、息子のダニエルさんにも尽くして来たんだ」

 トムは頷いて話を促した。

「カルテルに入って仕事をするなんて普通に暮らしてるお前からしたら理解できないよな。それは分かってる。犯罪者の集団だからな。だけど俺は尊敬している人の為に働きたかった……まあそんな話は今はいい。問題は息子のダニエルさんなんだ」

「何かあったのか?」

「アントニオさんも高齢だ。最近はアントニオさんの仕事もダニエルさんが引き継いでやってる。それで、普段ダニエルさんが仕事の話をする時は相手を呼んで、客室で話をするんだ。ウンディーネの監視の下でな。ウンディーネって知ってるよな? 世間に知られている有名な童話の住人達(グリム)の一人だ」

「ああ」

「ウンディーネがいれば例えダニエルさんと二人きりになったとしても暗殺は不可能だ。例えば相手が銃を出した瞬間に能力を発動して壁と槍を同時に作る。まあ聞いてても意味は分からないだろうがとにかくダニエルさんに何かしようとした相手は死ぬ事になる」

「まあ、ボスの息子なんだ。守りは固いよな」

「だから監視を中断させるためにウンディーネの気を引く何かを起こす必要があったんだ」

「うん?」

「この前のレストランの襲撃事件知ってるだろ?」

「ニュースでやってたな」

「あのレストランはウンディーネの店なんだ。だからそこに金目当ての奴等をけしかけた」

 トムの頭にアレックスの言葉が染み込むまでに時間がかかった。

「あの事件はお前が仕組んだのか?」

「ああ。屋敷にケチな情報屋を仕事で呼んだ事があってな。その時のボディーチェックで取り上げたスマホから金に困ってた従業員の一人にメールを送ったんだ」

「他人のスマホからメールを? そんなのすぐばれるだろ」

「人は意外と自分のメールの送信履歴は見ないもんだ。耳よりの情報をプレゼントだ、返信はしないようにって断りを入れて送ったら上手くいったよ。勝手にメンバーをこしらえて客が少ない時間に事を起こしてくれた。俺は店にペットを見守るためのカメラを置かせてもらえばスマホで店をいつでもチェックできたって訳だ」

「それでその……レストランを襲わせてどうしようっていうんだ?」

「カメラで襲撃を見てすぐにダニエルさんと市長の打ち合わせを予定に入れた。ウンディーネが店に気を取られている間にダニエルさんには市長と倉庫の打ち合わせをしてもらって、俺はその様子を撮影し、さらに新商品や倉庫の設計図もコピーして持ち出したんだ」

「倉庫? 倉庫って何だ?」

「今度新しく倉庫を作るんだ。ダニエルさんの考えた新商品が軌道に乗ってな。大量に貯蓄する場所が必要になったってんでな……で、その予定場所がここなんだ」

「ここ? 教会の近くってことか?」

「今から市内のど真ん中に倉庫を作るのは難しい。他のカルテルの反発が大きいからな。しかしあまり遠くに作る訳にもいかない。倉庫なんだからな」

「教会は……教会はどうなるんだ?」

「潰されちまうだろうな」

「潰されちまうって、教会をか? そんな事許されるのか?」

「もし教会から麻薬が大量に見つかって、教会の神父が麻薬中毒者だったとしたら……あとは想像がつくだろ」

「え……」

 アレックスは煙草を足で踏み消した。

「そういう工作をすればいいってことだ。あとは世間が騒ぎ立てればあんなボロ教会、あっという間に無くなっちまうだろう」

「そんな……」

「マスコミにも警察にもダニエルさんの息がかかっている人間は山ほどいる。ダニエルさんがやると言ったらやるんだ。カルテルはそうやって動くんだからな」

 アレックスが外で遊んでいる子供達を見ている。

「俺達もああやって遊んでたよな。何も知らずによ」

「……」

「あんなボロ教会でも俺の故郷みたいなもんだ」

 トムは顔を上げてアレックスを見た。決意に満ちた表情をしている。

「カルテルで出世して金持ちになって、いい家も車も手に入れた。なのにあんなボロい教会一つ壊されるのが我慢ならねえのはなんでなんだろうな?」

「アレックス」

 アレックスは胸ポケットからUSBメモリーを取り出しトムに手渡した。

「これは?」

「市長とダニエルさんの密会の動画、倉庫や新商品の設計図のデータのコピーだ。これを選挙前に公開し、市長を叩き落とす。うちも他のカルテルを差し置いて市長と癒着して出し抜こうとしていた、なんて事が分かれば他のカルテルを刺激し、カルテル間の抗争も激化するだろう。カルテルの多くは童話の住人達(グリム)を抱えてる。一旦始まればお互い深刻なダメージを受けるまで止まらない」

「お前……街を破壊する気か? そんな事したら何人死ぬと思ってる?」

 アレックスは首を振った。説得を受ける気は無いらしい。

「もともと壊れてんだよこの街は。俺は素知らぬ顔をして公開する時期を待つ。もし……もし俺が失敗したらその時はそれを公開して欲しい」

「そんな事できっこない! 俺は普通の人間だ。すぐ殺されるのがオチだろ! 無理だよ」

「マックスを探せ」

 そう言うとアレックスは踵を返して車のドアを開けた。

「マックス? 何でお前がマックスを知ってるんだ? アレックス! ま、待てよ!」

「もう会う事は無いかもしれねえな。あばよトム」

 アレックスはドアを閉めるとエンジンをかけて走り去った。

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