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 機動隊の介入によって、銀髪の男の仲間、ディージェイの仲間、『塔』の人数は減って来た。

「そろそろ頃合いだな」

 そんな事は露知らず、『塔』の有利を信じて疑わないシルフは書類と金を持ち去ろうとコンテナの陰から中央に向かって歩き出した。


 シルフは触れた物の重さを無くし、自らも空を飛ぶ事ができる。荷物が重かろうが彼には関係無かった。子供の頃に『塔』のボスに拾われてからというもの、彼はこの力を使って組織を大きくしてきた。トラックやロードローラー、時には建物すら投げ付けながら最高時速三百キロメートルで自在に空を飛び回る者を銃で仕留めるなど不可能に近い。出会い頭の散弾銃や爆発物などに注意を払えば彼は現代の闘争においてほぼ無敵だった。

 そう、他の童話の住人達(グリム)が現れるまでは。


 シルフが周囲を見ながら車のライトを当てにして闇の中を静かに歩く。死体と武器が散らばっている。『塔』の者達も何人か倒れているのが見えた。

「……ん?」

 何人か仲間の死に方がおかしい事に気付いた。鋭利な刃物で斬殺されている。

(何だ?)

 コンテナに左手をかけたままシルフは周囲を見回した。斜めに切られて崩れているコンテナの残骸が目に入った瞬間、何かゾワリとした感覚があった。

 革靴の歩く音がわずかだが聞こえた。コンテナの向こう側に誰かいる。前方の車を見ると、窓ガラスに自分とコンテナが映っている。コンテナの向こう側にサーベルを持ったアルベルトが歩いて来て止まったのが見えた。

(こいつ何か……何かやばい!!)

 シルフが上に飛んだ瞬間、左からアルベルトが斬りかかり、サーベルでコンテナごとシルフの左腕を斬り飛ばした。

「うぐああァ!! てめええェーッ!!」

「くそっ! 駄目か!」

 シルフは急速に上昇し、アルベルトが銃を向けるとシルフはキュンッと直角に折れて夜の空を飛んで行った。アルベルトは耳に手を当てた。

「すまない、シルフは取り逃がした。現場を鎮圧して撤収するぞ。取引の商品も回収しよう」

「分かりました」

 コンテナ区域の外に既に配置されていた警察車両のスポットライトが、音を立てながら周囲一帯を照らした。

 機動隊員が拡声器を持って呼びかけた。

「警察だ! 港は封鎖した。お前達の取引は失敗だ、武器を捨て投降しろ! 十秒以内に投降しない者は射殺する!」

 それを聞いてマックスはよろよろとコンテナの陰から這い出て来た。スポットライトに照らされて銃と血、死体があちこちで光っている。

 機動隊員が投降する者や武器の処理を始めた。


 ウンディーネは目を瞑って静かに革張りの椅子に座っていた。窓際で黒服の男がスマホの通話を切った。

「港だそうです」

「分かった」

 ウンディーネの瞳が赤く輝き出した。


「おーい! そこのパイプをどけてくれ!」

「分かった!」

 パトカーの近くで待たされていたマックスは、現場で作業を続けている機動隊員をぼんやりと眺めていた。マックスは何もしていない、銃も持っていないとあって、せいぜい凶器を持った集団の中に参加していた程度で済むと言われた。手錠もせずただ待たされ、戦闘の緊張からも解放されたマックスは特に何も考えずに立っていた。そのため真っ先にパキパキという異常音に気付いた。

「……んあ?」

 音のした方を見ると、地面の血痕からその音と共に赤いつららのような物が生えて来て、女性の形に成長した所だった。血の塊でできた真っ赤なウンディーネはマックスを見るなり吹き出した。

「ああ、なんだぁ? ずいぶん腑抜けたツラしてんなお前」

「へ……?」

「今日取引してた書類はどこだ? 知ってんだろ?」

「あ、えーと……あっいや言っていいのかなあ」

「死にたくないだろ? 早く教えろよほら」

 マックスは突然気付いた。今話している相手は明らかに童話の住人達(グリム)だという事に。

「あっああ。あそこだよ、あのコンテナの陰に……」

 マックスは慌てて書類が挟まっているコンテナを指差した。

「ふーん、ちょうどいいや。お前名前は?」

「マックスです」

「いいかマックス。今から十秒遊んで来るから、終わったらお前あそこの書類を持って来い」

「え、ええ?」

「金も持って来たら半分やる。いい話だろ? やらないなら殺す。持って来る場所は市立図書館だ。二時間以内に持って来い」

 そう言うとウンディーネは元の血痕に戻った。


 生き残った男の腕に手錠をかけている機動隊員は、突然パキパキという音を耳にした。血痕から機動隊員の前に人型の血の塊が現れた。

「こっこれは……!」

 周囲の全ての血痕からパキパキとつららが伸び始め、人型の血の塊ができた。機動隊員はすぐに察した。

「ウ……ウンディーネだッ!! 逃げ……!」

 ウンディーネはその場で爆発し、血の槍をまき散らして周囲の人間を貫いた。

「ぎゃあああ!!」

「ぐわあああー!!」

 手錠がかかった男はまともにウンディーネの槍を浴びて即死した。アルベルトのノームの力で強化されていた機動隊員の鎧も貫き、血を吐いて呻いている。

「ウンディーネだ! 退け! 退けーッ!」

 飛び散った犠牲者と槍の血痕から再びパキパキと音がして大量の人型の血の塊が出来上がった。

「く、くそっ!」

 塊が爆発してさらに犠牲者を生み出しながら槍が飛び散った。

「ぎゃあああーッ!」

 生き残った者達が走って逃げるが、飛び散った血痕から容赦無くおびただしい数の血の人型の塊が出来上がる。

「ちきしょう! やめろおーッ!」

 バァンと破裂して血の槍を撒き散らしながらどんどん広範囲に被害を拡げて行く。

 アルベルトの無線に被害状況が伝わるとすぐさま指示を飛ばした。

「血が一滴でも付いた者はバンの後部に乗れ! 扉を閉めて奴との視界を切るんだ! それ以外はパトカーで退却する! 急げ!!」

 警察は港を封鎖したまま退却を余儀なくされると、八十七名の死体を残したまま港にマックス一人だけが残された。


 マックスはフラフラと中央のコンテナに近付き、血の付いた封筒と金が入ったジュラルミンケースを持ち出して車に乗り込むと、夜の港で一人、車の中ですすり泣いた。

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