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 白く高い壁が広大な屋敷を囲っている。鉄のゲートが自動で開くと、高所に設置された防犯カメラに見守られながら市長を乗せた黒いリムジンが屋敷の敷地に入って行った。噴水をぐるりと囲むように作られた私道を走り、白く太い柱を主体とした宮殿のような造りの屋敷の前に止まると、市長は護衛に囲まれながら車を降り、客室に通された。

 市長がソファに座り、葉巻に火を点けてぼんやりと煙を眺めていると、やがてサイドを刈り上げた七三分けの日焼けした青年が入って来た。

「や、すみません市長お待たせして」

「構わんよ」

 市長も立ち上がり青年と握手した。

「この仕事をしているとぼんやりする時間の方が貴重になってくるものだ」

 お互い笑うと青年が座るよう促した。

「コーヒーでいいですか?」

「うむ」

 青年は使用人に軽く微笑んで指示し、使用人は部屋を出て行った。

「それで、倉庫の件だったね」

「ええ」

 市長は紐が付いた老眼鏡をかけ、青年の秘書から手渡された資料を読み始めた。

「商品を運ぶ運送会社のたってのお願いでして。ハルナプロ工場で作られている新商品はその場でトラックに直接積み込んで運んでたのですが、このたび新しい取引先が複数できまして。生産ラインも増やすために、今までのやり方ではとても積みきれないそうなんですよ」

 資料には新しい生産にかかるコストや関与する企業の名前のリスト、見込まれる売り上げなどが記されている。

「ふむ。好調で何よりだな」

「おかげさまで。それで今度からは生産した商品を一旦倉庫にすべて移し、そこから数社を使って一気に運びたいと思ってます。もしお力添えをしていただけるのなら倉庫の利用料から少し市長に還元したいと。そこの数字です」

「何割かね?」

「三割でどうでしょう?」

「二割でいい。うちの者に相談してくれ」

「助かります」

「問題は場所というわけだな」

「ええ。現在の候補地の最有力は……」

 青年は地図を印刷した紙をテーブルに置いて指差した。

「ここです」

 市長は煙を吐き出しながらその場所を眺めた。

「そこはさすがに私が表立って動く訳にはいかんな」

「バックヤードの連中に処理させますよ」

「あまり派手に騒がれると困るのだがね。ここで好き勝手に暴れ回られると次の選挙に関わる」

 使用人がコーヒーを持って入って来た。青年はカップを受け取ると美味しそうに一口飲んだ。

「ご心配無く。この街には正義の味方がいますから」

「そうだな。上手い事やってもらおう。さて私も……」

 市長は受け取ったコーヒーを飲むと、ソファに背を預けて葉巻を再開した。

 青年の秘書が腕時計を見ると一礼して部屋を出た。

「ウンディーネはどうしてる?」

「少し出ています。彼女なら今……」


「オイオイオイオイオイィ!?」

 若い女性の怒号がレストランだった空間に響いた。

 白いティーシャツの上に緑色のジャージ、下も黒のジャージに白いスニーカーというラフな格好の女性が黒塗りの車から降りて来て、二人の護衛を伴いながらズカズカと事件のあったレストランに歩いて来る様は周囲からの注目を嫌でも集めた。女性は封鎖している警官達を押し退け、店内に入るやいなや頭をガシガシと掻いて叫んだのだった。

「どういう事なんだよこいつぁよォー!? こんなサプライズ頼んでねーぞ!」

 担当の警部とその部下の一人が女性に近付いて来た。

「ウンディーネ」

「あぁー!? ……ああ警部か」

「他の組織の声明は出ていない。どうやらどこかのチンピラの仕業らしい。逃げた奴らはともかく、外の死体を今リストと照合している。見覚えの無い奴らばかりだ」

「どこの田舎もんなんだぁ? このアタシの……アタシの……」

 ウンディーネと呼ばれた女性は怒りでプルプル震えながら椅子に座り込んだ。

「アタシのオジキのオシャレなレストランでダニエル君と楽しくデート作戦を邪魔する不届き者はよぉ! 申請の書類手伝ったけど大変だったんだぞ! クソが! クソが!! クソがぁ!!」

 床に転がっている皿を靴で何度も踏みつけながら怒りを露わにする。

 警部と部下が顔を見合わせてから話を続けた。

「奥の金庫が開いてました。中身が目当ての犯行かと」

 ウンディーネが椅子に体を預け、天井を見てフーッと一息ついた。

「それはおかしいだろ。店の奴等が反撃したから中には入れなかったっていうじゃねーか。そのまま警察が来て残りは逃げて行ったんだからよ」

 ウンディーネは頭だけを護衛に向けた。

「従業員から目を離すなよ。奴等の手を引いた奴がいるかもしれねえ」

「分かりました」

 護衛の一人はスマホでどこかに電話をかけながら店を出て行った。

「警部、アタシらはアタシらで勝手にやらせてもらうけどよ、もし逃げた奴らの居場所が分かったら教えてくれよ。危険な連中だ。抵抗するかもしれねえ。市民のために日夜働いているあんた達とドンパチやらせる訳にはいかねえから。な?」

「え? しかし……」

「心配すんな」

 ウンディーネは立ち上がると警部の肩をポンポン叩いた。

「ちゃんと届けるからよ。白昼の銃撃戦を起こした凶悪犯を街の警部が見事逮捕! 手柄はあんたのもんだ」

「……分かった」

 警部は自分の身を案じたのかほっとした表情を見せた。ウンディーネが店を出るとスマホを操作して誰かと話し始めた。その様子を見ながら部下が警部に呟いた。

「彼女がウンディーネですか」

「そうだ。この街にいる『童話の住人達(グリム)』の一人だ。絶対に彼女とは面倒を起こすなよ」

「面倒って……捕まえないんですか? 犯罪者なんでしょう?」

 警部は吹き出した。

「そういう事を言う正義感に溢れた奴は何人かいたがな。全員とっくに墓の下だ。それに彼女を逮捕した所で何にもならん。死体が増えるだけだ」

 警部は部下の肩を叩いた。

「まあ変な気は起こすな。俺達は大人しく捜査をしてればいい。行くぞ、聞き込みだ」

 部下は肩をすくめた。

「はい」


 ウンディーネのスマホから男の声が聞こえて来た。

「店の方はどうだった?」

「アタシが寝てる間に完全にブッ壊れちまったよ。それより少々厄介な事になった。ダニエル君にバレる前に何とかしねーと」

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