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「お待たせしました」

「どうも」

 紙のコーヒーカップを受け取ったエリーが売店から一歩出ると、ビジネス街の昼の喧騒が聞こえて来た。エリーは向かいのビルの窓に反射した陽の眩しさに目を細めた。今日は久しぶりに父親と一緒に夕食を食べることになっている。その前にあと一件営業先で打ち合わせを行う必要があった。

 月極駐車場に停めてある自分の車までの道を歩いていると、エリーの横を白いバンが縦に三台並んで走り過ぎた。清掃の会社名が横に入っているバンを眺めながらエリーは右に曲がり、駐車場にある自分の車に乗り込むとカップをホルスターに置き、鞄を助手席に置いた。エンジンをかけるとつい無意識にバックミラーで前髪を整えた。カーラジオからは陽気な曲が聴こえてくる。学生時代によく聴いていた曲だ。エリーは気分よく駐車場を出た。


 メリー市。南米の小さな町の一つに過ぎなかったメリーの町は、第二次世界大戦後にアントニオ氏がコロンビアの麻薬ビジネスに中継地点の一つとして参入し、その後武力で輸出ルートを奪う形で急速に発展した。大きな街路樹が生い茂り、複数の車線が続くそれぞれの通り沿いに高層ビルが建ち並ぶ市の中心には、甘い汁にありつこうと様々な企業が参入し、アントニオ氏も自ら精製工場を建て製造に着手すると発展の速度は更に加速した。

 しかし西のアントニオに対し、市の東側にはコロンビアからの支援を受けた新たな麻薬組織が次々と拠点を構え始めた。彼らはアントニオ氏と鍔迫り合いをしながら成長し、東側を掌握するとメリー市は世界的に有名な一大麻薬カルテルの街となった。

 現在は巨大な西のアントニオ、それに対抗する東の複数の中小企業、そしてそれらの戦争を抑止する警察の三すくみとなっている。

 世界中に害をまき散らしながら成長する危険極まりない街だが、工場の建設、自動車、船舶に始まり、カモフラージュの為の観光会社、書類作成、マネーロンダリング、果ては闘争に関わる生命保険まで多種多様な企業がこのビジネスに関わっていて、チャンスを求める者にとっては魅力的な街だ。


 エリーが大通りに出て車を走らせていると、ラジオは交通情報を伝えるニュースに切り替わった。

「午前十時に起きた交通事故により、中央通りでは渋滞が続いています……」

(中央通りって……この隣じゃん。こっちじゃなくて良かったわ)

 エリーはコーヒーを飲み終わったカップをホルスターに戻し、交差点で信号待ちをしている間、中央通りの方に目をやると、直交するバイパス通りに先程の白いバン三台が停まっているのが見えた。バンの前にあるビルの一階のテナントには最近新しいレストランが入ったばかりだ。

(あれ? さっきの車かな?)

 レストランから出て来た男性が立ち去るのをなんとなく眺めていると、次の瞬間レストランで爆発が起き、窓ガラスが割れ、エリーの車が衝撃で揺れた。

「きゃあ!」

 エリーは思わず頭を引っ込めてからレストランに視線を戻すと、白いバンの後部座席が開き、中からアサルトライフルを持った男達が次々と出て来た。男達は車とビルの壁を背にしながらレストランの中に向かって発砲を始めた。車越しですらくぐもった銃声が聞こえる。

 店内からも反撃があり、激しい銃撃戦が始まった。

 通りを歩いていた市民は走って逃げ出し、爆発の衝撃で吹き飛んだ若いサラリーマンが怪我した腕をかばいながら地面を這いつくばって逃げて行く。

「に、逃げなきゃ……!」

 信号が青になり前の車が急いで発進した。エリーは動揺しながらも同じように車を発進させたが、対向車が慌ててハンドルを切って左折して来たためエリーの前の車と衝突してしまい、エリーは慌ててブレーキを踏んだ。

「もう!」

 レストランの中からの反撃も激しく、店内から外に手榴弾が飛んで来て、爆発と共に壁際にいた三人が負傷した。血だらけで呻いている様子が生々しい。細かい瓦礫がパラパラと通りに降り注ぎ、砂埃でレストラン付近の視界が少し悪くなる。


 ハンドルに頭を寄せながら固唾を飲んで銃撃戦を眺めていると、やがて警察車両のサイレンが聞こえてきた。白黒のペイントのバンは対向車線を走って来て、バイパスに入って急停止した。

 警察のバンから黒のフルフェイスとフルプレートを装備した機動隊員が四人降りて来た。全身が霜が降りたように微妙に白く濡れている。

(濡れてる? なんで?)

 白いバンの付近にいた男達が何やら叫びながら機動隊を指差した。男達はレストランから機動隊に標的を変え発砲を始めたが、機動隊員に当たった銃弾はバラバラに切断され背後のビルの壁に散乱しながら着弾した。チュイン、キューンという音を立てながら隊員達は銃弾を物ともせず突き進み、レストランの方へ歩きながら男達をアサルトライフルで仕留めていく。

(す、凄い! あの服って銃弾が効かないんだ!)

 エリーの後ろの車からクラクションを鳴らされて前を見ると、衝突して交差点を塞いでいた二台は既にいなくなっていた。

 エリーも慌ててアクセルを踏み、銃撃戦の光景は窓から後ろに流れて行く。自分の視界から完全に銃撃戦が消えると自分の呼吸が乱れている事にようやく気付き、額の汗を拭った。

 最近またカルテルの縄張り争いが激化し、銃撃戦が頻発しているとニュースでは知っていたが、エリーの目の前で起きたのは初めてだった。突然目の前で始まる殺し合いの恐怖は、まるで見てはいけない物を見てしまったという妙な罪悪感に似た気持ちだった。


 三十分後、エリーは営業先の駐車場に乗り入れて車を停めてエンジンを切ると、目を閉じて深呼吸した。

(大丈夫、大丈夫……。自分には関係無い。関係無い。仕事よ仕事……)

 警察官である父親の顔が頭に浮かぶとエリーは言いようのない不安に駆られた。目を開けると、鞄から覗いているスマートフォンの着信通知にようやく気付いた。父親からだ。ほっと一息ついてエリーはスマホを操作し、父親に電話をかけた。

「もしもし、パパ?」

「エリー、すまないが今日の夕食は無しだ」

「仕事? ……もしかしてさっきの?」

「ああ。現場は制圧した。俺は出動していないから心配しなくていい。しかしまあ……予約したレストランが無くなってしまったからな」

「え? あ……」

 エリーの父親、アルベルト・ファルブルはこの街の警察の機動隊の隊長である。四百人を超えるアルベルトの部隊は、警察始まって以来の史上最強の戦闘部隊としてカルテルと戦える唯一の表立った存在だ。市内で戦闘が起きた場合、規模に応じてアルベルトの指揮下で四人一組の部隊が出動する。

 そして今日の夕食にアルベルトが予約した店はまさに先程銃撃戦が起きたレストランで、機動隊が現場に到着して武装勢力を鎮圧した頃には既に瓦礫の山と化していたのだった。

 常に父親が殉職する恐怖があるが、今回のように自分の身の危険の恐怖と重なったのは初めてだ。

「無事でよかった。じゃあえーと……今回は港沿いのパスタ屋さんにしない?」

「駄目だ。今からでは警備のプランが間に合わない。また今度にしよう」

 そう言って一方的に通話は切れた。

「何よもう」

 常に戦闘を続けているアルベルトは、娘と食事するためでさえ毎回警備のプランを練らなくては気が済まない。

 アルベルトにもし娘がいる事が知られたら、この街のパワーバランスは麻薬カルテルに大きく傾く事になるだろう。それを考えれば仕方のない事だ。

「今夜どうしよっかなあ」

 エリーは座席に頭を預けてため息をつくと、腕時計を見た後鞄を持って車を降りた。

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