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店を出てから十分くらい歩いた時のことだった。
「つけられてますね」
「だな。二人か」
橙山と金子が急にそんなことを言い始めた。どこにいるんだろうと思い周りを見ようとしたら金子に止められた。
「下手に見るな。釣り上げるから気づかないふりしとけ」
「お、おう」
気づいてしまってから気づかないふりをしろと言われても難しい。どうしていいかわからないので俺はそのまま黙っていることにした。金子と橙山は普通に会話を続けていた。これが現役の色操官の力なのかと感心する。そのまま裏路地のような人の少ないところまで辿り着いた。
「シノ、伏せろ!」
突然金子が叫んだ。次の瞬間頭の上を火が掠めた。金子の声に驚いた時間のせいで一瞬反応が遅れたがギリギリ避けることができた。
「いきなり撃ってきましたね。どうします?」
「生け捕りしろ。後で情報を吐かせる」
「はーい」
火の色が橙山よりも赤かった。敵は発火の能力者だろうが俺はまだ能力の扱い方がわからないので何もできない。
「シノ、よく見といてね。君もいずれ戦うことになるから」
橙山がそう言ってきた。俺は迸る緊張感から上手く声が出せず頷くことしかできなかった。
「敵は火と水の能力者。二人ともレベルⅢだ」
「先輩、水の方頼んでいいですか?」
「ああ。人目につかない場所とはいえ騒ぎを起こすと面倒だ。一瞬で終わらすぞ」
「はい」
次の瞬間、橙山が視界から消えた。
さっき火が飛んできた方向から「は?」という声が聞こえた。一瞬だけ赤橙色に光って、少し遅れて熱波がやってきた。あまりにも速すぎる出来事だったので、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。
「そろそろ出てきたらどうだ?相方やられたぞ」
金子が物陰に向かって話しかけた。
「降参、降参。こんな強い奴が護衛してるなんて聞いてないって」
男が両手をあげて出てきた。金子はそれを見てため息をついた。
「おい、手を下ろせ。殺すぞ」
今までの金子とは別人だと感じるくらい低い声だった。
「いやいや降参だって」
「三……」
少し風が吹いてきた。
「いやお嬢ちゃん怖いって」
「二……」
だんだんと風が強くなっている気がする。男はヘラヘラと笑っていた。
「一……」
男の掌から金子に目掛けて、ものすごい勢いで水が発射された。向かいのブロック塀に穴をあけるほどの勢いだった。金子はあれを喰らって大丈夫なのかと思ったが違和感を覚える。
それもそのはずだ。さっきまで金子がいたところに打ってたのに金子がいない。
「殺すと言ったよな?」
男の方から「ヒッ」という短い叫び声が聞こえた。男の方に向き直ると、金子が男の喉元にナイフを突きつけていた。男の足はガクガク震えていた。さっきとは違い本当に戦意喪失したようだ。
「お前らは何だ?答えろ」
表情と声色を一切変えずに金子は尋ねた。
「お、俺たちはただそこにいるガキを攫ってこいって言われただけだよ!」
「誰からだ」
「知らねえよ!本当にこれだけしか言われてねえんだ」
金子が舌打ちをした。
「本当に知らないんだって!」
「うるさい黙れ。叫ぶな」
男は今にも泣きそうな顔をしていた。情けないように見えるが俺が同じ状況だったら間違いなく泣いている。
「お前たちはどうやって能力を得た?」
「く、薬を渡されたんだ!『これを飲んだら力が手に入る。だからそこのガキを攫ってこい』って」
「またハズレか……」
「は?」
次の瞬間、金子は男の腹を思いきり殴った。男はあっけなく泡を吹いて気絶した。
金子がナイフをしまっていると、おそらく発火の能力者であるだろう男を抱えて、橙山が戻ってきた。
「先輩なんか聞き出せました?」
戻ってくるなりあまり期待していないような声色で橙山が尋ねた。
「いや。またハズレだ」
金子の口調は今まで通りに戻っていた。本当にさっきとは別人のようだ。
「こっちもでした」
「なかなか足取りが掴めないなぁ。とりあえずこいつら担いで帰るぞ」
「うーい」
俺は終始立っていることしかできなかった。橙山から見ていろと言われたが二人とも速すぎて目で追うことすら叶わなかった。そしてあの男二人が俺を狙ってきていたのも怖い話だ。そのうちもう金子と橙山は歩き出していた。
「帰るぞ、シノ」
「あ、うん」
俺はそんな気の抜けた返事をして、金子の一歩後ろをついていくのだった。
あんな連中と一緒に任務をこなせるのだろうか。夕方に襲ってきた奴ら、と今の奴らは何か関係があるのだろうか。次襲われた時、果たして俺は生きているのだろうか。様々な考えが頭をよぎった。
「シノ、大丈夫?」
「え、あ……まあ」
橙山がこちらを気遣ってか、そんな言葉をかけてくれたが、俺は生返事を返すことしかできなかった。その日の夜は満月だったのにも関わらず、月の明かりは見えなかった。
とりあえず1は終わりました。次からは2が始まります。