1-03
「えええ!?」
カミングアウトが突然過ぎて思わず叫んでしまった。
「なんなら幹部だ」
「はあああああ!?」
「あの人の給料私よりいいぞ。羨ましい限りだよ」
あのピースの写真に納得がいった気がする。なるほど、それはあんなにも仲良さげに写るわけだ。
しかし未だに信用していいのかわならない人から言われた言葉だ。驚きはしたが完全には信じきれない。
「もし信じれないなら電話してみたらどうだ?」
まるで俺の心を見透かしているかのように金子は続けて言った。
何かあっても困るので俺は言われた通りに、カバンから携帯を取り出して叔母に電話をかけた。三コールくらいした後、叔母が出た。
『もしもし透?どうしたの』
いつも通りの叔母の声が聞こえた。
説明しておくと、叔母はまだ三十代前半だ。十七歳の母親の平均年齢と比較するとかなり若い。俺を引き取ったのは叔母が大学を卒業したすぐ後のことだったらしい。俺が中二の時に叔父が蒸発して、俺もこのままでは叔母に迷惑をかけると思い家出を試みたりしたこともあった。後に今までで一番怒られたことは今でもよく覚えている。
「あ、いや無事かなって」
『無事もなにも彩華ちゃんの写真見たでしょ?』
「見たけど脅されてるのかもしれないし……。それに二人の繋がりもよく分かんないし」
『え、言われてないの?取引先だけど』
「取引先?」
そう言われて金子とスマホを交互に見た。金子は呑気に橙山と何か話していた。しばらく戸惑っているとやれやれという感じで叔母が続けた。
『ああ、彩華ちゃん説明してないのね……』
察しの良い叔母である。
「レベルのこと以外何も」
『自由人よねえ……彼女。透は今何してるの?』
「晩御飯食べに行くところ。うどんだってさ」
『じゃあそこで色々話してくれるかもしれないけど……あんまり期待は出来ないか』
叔母のため息が聞こえた。
「俺どうすればいいの?」
『とりあえずご飯食べ終わったらメールかLINEして』
「わかった」
そこで通話は終わった。
スマホをカバンにしまっていると金子が話しかけてきた。
「どうだ本当だっただろう?」
まあとりあえず怪しさはなくなった。しかしその分文句も増えたのでそれを伝えておく。
「本当だったけど全然重要なこと言ってくれてないんだね」
肩を落としながら言ったつもりだが金子はそうかそうかと笑っていた。どうやらこちらの気持ちは伝わっていないらしい。
「先輩〜、終わったんなら早く行きましょうよ」
遠くで橙山が呼んでいる。この人たちにはこっちの気持ちを理解しようという優しさはないらしい。ため息が出そうだ。
「じゃあ行くぞ、シノ。あとはうどんを啜りながら話そう」
そう言うと金子はスタスタと歩いて行ってしまったので、俺も慌ててその後を追うのだった。
着いたうどん屋はまさかのチェーン店だった。てっきり高級店を想像してしまっていたから、少し億劫に感じていた。しかしその必要もなくなったため安心できた。
「マスは何にする?」
「僕はとろろ温玉ぶっかけっすかねー」
「ふーん。じゃあ私もそれで」
「僕に奢らせる気ですか?」
「いや、私が出すけど」
「紛らわしい言い方しないでくださいよ〜」
傍から見ると騒がしい連中だな。店内がガヤガヤしているからさほど気になりはしないのだが。さて、俺はどうするか。あまり外食をしなかったこともあり決めあぐねているとこちらにも火の粉が飛んできた。
「シノはどれにするんだ?」
「釜揚げかきつねかで迷い中」
「きつねにすればいいんじゃないか?」
「その心は?」
「おあげさん美味しい以外の理由は無い」
最初に助けられた時はあの口調と風貌で聡明な人なのかと思っていたが、変なノリだったりこういう単純なところだったり意外と単細胞なのかもしれない。
あ、ここ天ぷらあるんだ。
「じゃあ釜揚げにしようかな」
途端に金子は不機嫌そうな顔になった。
「特に根拠の無い逆張りはダサいぞ」
「いやかき揚げ食べたいなぁーって」
俺も自分で思っているより単細胞なのかもしれない。金子は興味をなくしたように「あっそ」とだけ言ってそっぽを向いてしまった。
こうして黙っているところを見ているととても同い年には見えない。今日の午後、コンビニのレジで見た時も年上だと思った。助けられた時も感じたが、口調を鑑みても年上のように感じる。だから意識していないと喋る時に敬語になりそうだ。唯一同い年と感じるところは背丈だろうか。一七二センチの俺より少し低いくらいだから女性にしては高い気もするが。いや、だとしたら同い年には見えないな。
ジロジロ見ていたら何か言われそうなのでこの辺りで目を逸らしておこう。そういえば勝手にかき揚げなんて追加していいのだろうか。まあここは俺が食べたいものを食べるものが礼儀か、と勝手な解釈をして宣言通り釜揚げうどんとかき揚げを頼んで、金子に払ってもらった。
席について食べ始める。金子はとろろに夢中だ。こういうところを見ると同い年に見える。六分の一くらい食べたところで橙山が話しかけてきた。
「東雲っちー、俺もシノって呼んでいい?」
「別にいいですけど」
橙山と面と向かって話していなかったから一瞬タメ口か敬語か迷ったが、どう見ても明らかに年上だったため敬語にした。
そういえばなぜ金子のことを先輩と言っているのだろう。
「今シノが思ってること当てようか?」
「え?あ、はい」
「『おっさん何歳だ?』でしょ?」
当たらずとも遠からずといった感じだ。
「半分正解ですね」
「ははっ、そっかー。じゃあ『なんで先輩って呼んでるんだ?』って所かな」
「正解です」
「ちなみに僕は二十三。んで先輩は僕より先に部署にいたんだよね。だから先輩」
俺と同い年で橙山より先に部署に……金子は何者なのだろうか。というか意外と若いな、てっきりアラサーだと思っていた。
「僕はね、任務でシノのバックアップする機会がきっとたくさんあると思ってるんだ。だからよろしくね。まあ今日来たばっかりでまだわかんない事だらけだろうけどさ」
「よろしくお願いします」
少し困惑気味に挨拶を返した。そして聞き馴染みのない単語が出てきたことに気がついた。
「え、任務?」
綺麗に「ポクポクポクチーン」と音が鳴ったかのように、三拍ほど間が空いた後で橙山は驚いたように訪ねてきた。
「まさか先輩から何も聞いてない?」
俺はコクリと頷く。
「そうだわ……あの人そういう人だった」
橙山の口からため息が零れた。叔母も金子のことは自由人と言っていたが自由にも程があると思う。
「とりあえず食い終わってから話そうか」
「そうします」
そして続きを食べ始めた。しかし、 任務という単語が頭をぐるぐると駆け回っていたため、久しぶりの外食の味をちゃんと楽しめなかった。久しぶりの外食は確かに美味しかったのだが、気が散ってしまい本来の半分くらいしか味わえなかった気がする。先に食べ終わっていた橙山に見つめられながら最後の一口を食べ終えた。橙山はそれを確認してから満を持して話しかけてきた。
「先輩はまだ食べ終わってないから今のうちに話ちゃおっか」
そう言われて金子の方を見たが、まだ半分くらい残っていた。
「じゃあひとまず任務についてだね」
俺はその言葉に頷く。
「僕たちがどう言う組織かは言われた?」
俺は首を横に振った。
「そっか……」
橙山はうーんと唸りながら悩んで言葉を続けた。
「僕たちはね、行政企業……まあ国が運営してる組織なんだ」
「国が?」
初耳である。
「そう。色操官って言うんだけど、〈色〉の能力行使が認められている唯一の団体って言えばわかるかな」
「初めて聞きました」
「まあそんなに有名じゃないからね。〈色〉の能力犯罪なんてそうそう起きないし」
〈色〉の能力犯罪なんて一度もそんなこと聞いたことがなかった。色々揉み消されているのだろうか。
「滅多に起きないどころか今まで聞いたことすらなかったです」
「ほら、君も経験したからわかるだろうけどレベルⅠに上げるのも大変だからね」
納得した。だが、
「国の組織なら資格とか免許とかが必要なんじゃ……」
「君は特例」
「その理由がイマイチわからないんですけど」
透過持ちがそんなに重要なのだろうか。それともゾロ目の方が重要だったりするのだろうか。
「それは……説明していいのかな」
そう言って橙山が金子の方をちらっと見た。俺もそれにつられて金子を見たが「言うな」と言いたげな目をしていた。
「まだダメっぽいね」
「そうですか」
なぜダメなんだろうか。重要なら説明してくれた方がいい気がするが。
「それで、任務についてだけど……これからシノはその『抹消』の能力で僕たちと一緒に〈色〉の能力犯罪を取り締まってもらう。理由は君のレベルを上げるため」
「レベルを……」
「普通に訓練でも上げれるんだけどね、実戦経験詰んだ方が圧倒的に早いから」
それが弱色症の薬の開発に近づくということか。アブソバンチは#b+の〈色〉を使っているらしいが果たして俺の〈色〉が役に立つのだろうか。とはいえ俺は専門家でもなんでもないからそれを聞いたところで分からない気がするので黙っておく。
「どう?とりあえず分かってくれたかな」
「目的と俺がやることは分かりました」
「じゃあ他に気になることがあれば答えるよ」
「ちょっと考えさせてください」
俺の要求に橙山は首肯した。
とりあえずわかっていることと疑問を整理しよう。
まずプロジェクトiの目的はアブソバンチに変わる弱色症の薬の開発だろうか。はっきりと明言されてはいないが話の流れ的にそんな気がする。『i』が何の略なのかについてはずっと考えていたが、免疫を意味するimmunity辺りだろうか。まあ略称に関してはあと回しでいいだろう。
そして俺のすべきことは〈色〉のレベル上げ。これは能力犯罪を取り締まる任務の手伝いと言っていたから指示を待って動けば良さそうだ。
残る疑問は、俺が待たれていた理由と叔母が幹部だったこと。そして金子の能力くらいか。待っていた理由はまだ答えられないらしいし、叔母のことは叔母に後で聞こう。金子の能力は橙山も知らないらしいから聞いたところで無駄だろう。
ということはもう橙山に聞けるような気になることは残っていないことになるのか……。いや、そういえば俺はこれからどこで寝泊まりすればいいのだろうか。金子は叔母にも一緒に来てもらうとか言っていた気がするが家には帰れるのだろうか。
「橙山さん、俺ってこの後は普通に家に帰るんですか?」
「んー。そこは任意だった気がするな。帰ってもいいしこの近くにある色操官の寮みたいなところでもいいし。どの道これから君を巻き込んでの本格的な動き出しになるから君の叔母はしばらく帰れないと思う」
「そうですか」
どうしよう。バイトはクビになったし叔母も帰らないしで正直職場の近くに住みたい。だが肝心の週に何回出勤すればいいのか分からない。
疑問点を整理したつもりが出来ていなかった。
「色操官って週何で出勤ですか?」
「人によるな。いつ事件が起きるな分からないし。まあでも君は土日祝は休みだと思う。有給もあるし」
「じゃあ叔母が帰れるようになるまで寮に住むとかは出来ますか?」
「出来るよ。そうするってことで上に報告して大丈夫?」
「はい。お願いします」
橙山は随分まともな人間だった。初対面で東雲っちと呼ばれた時はこいつはやばいと思ったがそうでもなかった。なぜあんな呼び方をしたのだろうか。いつか聞いてみよう。
「ってことなんで先輩、手続きお願いしますよ」
ちょうど食べ終わった金子に橙山は言った。
「うーい。ありがとうマス、私の仕事が減った」
「なんで先輩は説明してないんですか」
「いやー、能力覚醒させたところで満足して忘れてた」
金子は「てへっ」と効果音が付きそうな顔で言った。無性に腹が立つ表情である。
「しっかりしてくださいよ〜」
橙山の口調は明るいがよく見ると目が一切笑っていなかった。苦労してるんだな、この人。
「いやー、お腹いっぱいだわ。調子乗って特盛なんかにしなきゃ良かった」
ああ、だから食べるスピードが遅かったのか。
満腹でしんどそうにしている金子を気遣って、少し休んでから俺たちは店を出た。