弱色症
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1898年 原因不明の若年層での衰弱死が多発(後に弱色症と名付けられる)
1902年 色因子の発見(以降〈色〉と表記する)
1916年 弱年齢での衰弱死の原因がヨウスイソウの花粉に含まれる〈色〉#a-(absorbency code minus)であることが発覚
1949年 〈色〉の完全解読
1968年 〈色〉#b+(blinding code plus)を用いた治療薬の開発に成功
2005年 世界で初めて〈虚色〉#iを持った少年の誕生を観測──しかし公表はされず
2020年 弱色症の患者数の急増により世界中が混乱
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現在、#b+を用いた治療薬『アブソバンチ』は市場から姿を消す勢いで供給量が激減していた。それに由来すると思われる事件が先日ここ日本で起こってしまった。世界各国でテロや暴動が相次ぐ中、日本でも政府に対する陰謀論が囁かれ始め、ついには元首相が演説中に銃撃されてしまった。幸い命に別状はなかったようだが、それでもこのようなテロ行為が日本で起きてしまったのは重大な事だった。
しかし問題はそこでは無い。
一見すればただのテロであるこの事件は、不可解な点が残されていた。元首相の撃たれた箇所には感電したような痕も残っていたらしい。
取り押さえられた犯人の所持していた銃弾から黄色の〈色〉#dbdb00が検出されたことにも何か関連があるとみて警察は捜査を進めている。
今朝のニュースではそのように報じられていた。
その後のトーク番組では元首相銃撃のことについて議論を交わしていた。
ぶっちゃけ朝のトーク番組は好かなかったのだが、最近は陰謀論信者が出現するようになってきたせいもあってつい見てしまう。これがまた面白いのだ。
俺は説教中にもかかわらず、今朝のことを思い出してしまって、顔が歪んでしまった。
「聞いてる?東雲くん」
「聞いてます」
店長は呆れたという顔をして続けた。
「今はただでさえ値上がりしてるんだから発注する数間違えないでよ」
「すみません。次から気をつけます」
何が原因で怒られていたのか話を聞いていなかったのでわからないがとりあえず謝っておく。こうすれば大抵なんとかなるということをこの二年間のフリーター生活で学んだ。
フリーターと言っても俺はまだ十六歳だ。あと二日もすれば十七歳になりはするが、それでもまだ成人まで一年は余裕がある。
普通なら高校生という立派な職にありつけていたのだが、生憎と俺の人生は普通じゃなかった。十一年前の震災で両親とも職場のビルに埋まって、早々にこの世を去ってしまった。
当時幼稚園児だった俺はよくわかっておらず、ただ悲しい気持ちだけで泣いていた。その後は叔母に引き取られて今にいたる。
引き取って何かと世話をしてくれたことにはとても感謝している。しかし、つい三年ほど前に叔父が借金を抱えて消えてしまったため学費が払えないらしく今はこうしてバイトをしている。
ただこのままだと、俺の一生は叔母に恩を返せずに終わってしまうような気がしている。育ててくれた恩はどうにかして返したい。
そう思う気持ちはあるのだが、コンビニバイトという恩返しからは程遠いことをしている。
これが世に聞く板挟み状態と言うやつなのだろう。俺はモノトリアムでもなんでもなくただのフリーターだということを自覚しているのでそこには当てはまらないような気もするが。
ともあれ今の世界が混乱している中では、こうして働ける場所があるだけマシのような気もしてきた。仕事につけすらしなかったらそのまま堕落するだけの人生だったかもしれない。そう考えると今の生活は間違っていないのかもしれない。
このままゆっくりと資格を取って、しっかりとした就職先を見つけて、自立していけばきっと叔母にも恩を返せるはずだ。うん、そうしよう。
一通り考えて、少しの疑問が頭をよぎった。あれ、そういえば俺店長から何言われたっけな。
その時だった。
「東雲くんレジ行ってー!」
奥の方から店長の声が聞こえてきた。
とりあえずレジに行こう。そうすれば何とかなる。そう踏んでレジに向かう。
するとそこには、スーツ姿に帽子を深く被って、いかにも私は怪しいと言わんばかりの性別の判定できない人がおにぎりを持って待っていた。
姿は怪しいのに買うものは普通なんだと思いながら商品をスキャンして値段を告げる。
「お箸お願いします」
声で女性だとわかった。しかしおにぎりに箸を付けるのは何故だろう。割り箸を渡しつつも訝しげにその女性を見ていると、女性は俺の視線に気がついたのか笑いながら言った。
「あー、箸気になります?」
「あ、いえ。そういうつもりじゃ……」
「変ですよね。おにぎりにお箸って」
どうやら自覚はしているらしい。しかし返答に困る問いかけだ。そう感じたのでとりあえず同調する。
「まあそうですね?」
「『そ・う・で・す・ね』って」
一文字ずつ区切って笑いながら目の前の女は言う。何がそんなに面白いのか俺にはわからない。そんな俺の様子など気にせず女は続けた。
「ただ手を汚したくないからで特に意味は無いですよ」
じゃあおにぎりを買うなよと突っ込みたくなる気持ちを我慢して俺は興味なさげに言葉を返した。
「そうですか」
何に満足したのかわからないが、女はうんうんと頷いて行ってしまった。見た目の怪しさとは裏腹に随分と気さくな人だった。
それ以降、今日のシフトは特にいつもと変わらない一日だった。
バイトが終わり帰宅しようと準備をしていると、店長から声をかけられた。
「東雲くんちょっといい?今後のことなんだけど」
随分と含みを持たせてくるなと思いながら「はい」と返事をした。
「東雲くん。明日からもうバイトは来なくていいよ」
一瞬思考が止まる。今さっき何と言われたんだろう。よく思い出そう。
「だから制服とか全部返してかえってね」
やっぱり聞き間違えじゃなかった。明日から来るなと言われたのか。
「あえ?」
変な声が出た。変な声って意図しなくても出るもんなんだなぁとか感心している場合では無い。これでクビになったらつまり俺は明日からニートということになる。叔母に恩返し所ではなくなってしまう。
「じゃあそういうことだから」
「あの、店長」
「何?」
「理由とかありますか?」
「理由?」
「はい」
「そのうちわかるから。今日は帰って」
「そのうちって……」
「いいからさっさと帰りなさい!」
言い終わる前に店長は声を荒らげた。一体俺が何をしたと言うんだ。釈然としない気持ちのまま荷物をまとめ始め、帰る支度を済ました。
「二年間ありがとうございました」
納得はしていないがとりあえず礼は言っておく。すると店長は笑いながら言った。
「そういうのいいから」
意味がわからない。なぜそんなにもあっけらかんとしている人に首を切られたのか甚だ疑問である。
ため息をつく気すら起きないため、無表情のままコンビニを出た。晴れてニートになった明日の自分への第一歩目を踏み出すのだ。
しかし直ぐに踏み外すことになった。何やらこちらを睨みつけている男が三人ほどいる。そのうちの一人がこっちに向かって歩いてきた。コンビニに入るだけだろうと思って携帯を出そうとした瞬間、俺は躓いて転んでいた。
見ればさっき近づいてきた一人が足を引っ掛けたようだ。困惑する暇もなかった。自分が転んだと認識した時には既に腹部に拳が叩き込まれていた。それを防ごうとするも間に合わないし、更に二、三発とどんどん殴られた。
あ、やばい。意識が飛ぶ。そう感じた時、突然攻撃が止んだ。
痛む腹を押えつつ顔を上げると、帽子をかぶった人が立っていた。
「もしもし。予定よりだいぶ早くないか?とりあえず保護したから、後は頼む」
スマホを耳から外すと「ったく。もっと早く連絡しろよ」と愚痴りながら俺の方に向き直った。
「あー、東雲透くん。ケガは……あるね」
聞き覚えのある声だ。よく見たら右手には袋から出された割り箸が握られていた。しかも襲ってきた男たちは数メートル先に吹っ飛ばされていた。
「……お昼の!」
「よく覚えてるじゃん。ま、そのために色々したんだけどさ」
どういうことだ。そしてこの女、俺の名前を知って──
「本当はあと二日後くらいに偶然を装って鉢合わせる予定だったんだけどね。予想よりあいつらの動き出しが早くてさ」
あいつらって誰だ。何のことを言っているのかわからない。
「何が何だかって顔だね。そりゃそうだよな。取り敢えず自己紹介をしておくよ」
そして女は告げる。その衝撃の一言を。
「私は金子彩華。光沢持ちの金色の〈色〉#dab300+……控えめに言って世界最強だ。以後、よろしく」