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7話 エルムルスと書いて"エル"

銀狐は、自身で言っていた通り、飯から就寝まで、全て担ってくれていた。

掃除洗濯はもちろんのこと、なんなら風呂にまで入ってくる。


もちろん、人型ではなく狐の姿の方で。


「なぁ、銀狐。」


「なにぃ?」


フワフワモチモチのオムライスを食べながら、口を開く。


「あのさ、お前の名前ってなんだ?」


「銀狐の?」


「うん。」


「名前かぁ………」


顎に手を当て、考え始める銀狐。

因みに彼女はもう既に食べ終えている。


「初めはあった様な気がするけど、もう昔すぎて忘れちゃった。銀狐って種族名でしか呼ばれないから。」


「銀狐同士では呼び合わないのか?」


「銀狐は、孤高の存在だからすれ違っても話すことはないの。だから、人間で言う仲間意識がないから、死ぬ寸前の銀狐を見ても何も思わないし、助ける事もないの。」


残酷だと思うが、コレが銀狐の生き方ならば、何も言えない。

人間同士が助け合うのは、人間の常識であって他の種族のものではない。


「その結果、1人になっちゃったんだけど……銀狐は運良くアーちゃんに拾われて本当によかったの。」


「そ、そうか……」


心から感謝して言われると、ちょっと照れる。


「だからね、銀狐は銀狐のできる事をするの。アーちゃんに恩返しできる様に。」


頬をほんのり赤くして、嬉しそうに語る。

ただ偶然見かけて、目覚めが悪くならない様に助けただけだが、それでも感謝されるのは悪くない。


今まで、誰かを助けても勇者だからって事で感謝された事なんてなかったから。


「それに、アーちゃんからは不思議な匂いがするの。」


「匂いか?」


「うん。ちょっぴり甘酸っぱくて食べたらすくに無くなっちゃいそうな、綿飴みたいな感じなの。」


「わ、綿飴……」


「うん。そうなの。」


ニコニコと笑う銀狐の笑顔は絶えない。

綿飴を食べる真似をして、アーちゃんは美味しいんだろうなぁ~っと、怖い事を無邪気に呟いている。


「そ、そんなことより、名前が無いなら自分がつけても良いか?」


「名前?」


「あぁ。種族名じゃ、不便だろう?」


「アーちゃんが付けてくれるの?」


「まぁ、良ければだけど……」


「ほんと!?すっごく、付けてほしい!アーちゃんが付けた名前なら、どんな名前だって良いよ!!」


口に運びかけていた野菜が、ポロっと床に落ちる。


「あ……」


「アーちゃん、早く!」


野菜が落ちたことに気づいているのかいないのか、急かしてくる。


「エル、なんてどうだ?」


「える?」


「える、じゃなくてエルだ。エルムルスっていう花の花言葉が孤高を保つって意味なんだ。太古から生きてきた孤高の存在にはぴったりかなって。」


「エル…エルムルス……うん!エル、エルが気に入ったの!」


ニッコリ笑って、幸せそうに何度も呟くエルの姿からは、やはり孤高の銀狐など想像できない。


「アーちゃん、もうすぐ昼寝の時間だから、早く食べて。」


喜んでいたのも束の間、急にフォークを突っ込まれたかと思えば、口の中に野菜を押し入れられる。


銀狐もといエルは、時間にはシビアな様で朝昼晩の寝る時間をきっちり管理している。

初めの頃は、好きな様にしても文句言わない条件で一緒に住んでいたんじゃないかと抗議したが、人間は弱いから健康的な生活を送らないとダメだと腹を一発殴られながら言われた。


何本か骨が折れたけど、同時に回復もしてくれて、もう魔王倒すの勇者じゃなくても良くね?と思うことが多々ある。


「ほら、口開けて。」


「も、もう腹一杯だ……」


「沢山食べないと、餓死するよ。」


「本当に大丈夫だって。」


もう鍛錬も何もしていないのだから、腹も全く減らないのだ。

ほんの少しの食事量だけで、満腹になる。


「むぅ……」


本気で拒めば、流石に無理やり押し付けてくる事はなく、若干悲しそうにしながら自分で食べてくれる。


「全部入らなかったけど、今日も美味かったよ、ありがとな。」


「……うん。」


食器を、洗いながら帰ってくる声は、いつもより低く暗い。

何か気分を害すことでも、してしまったのだろうか。


「なぁ、なんか怒ってるか?」


「怒ってないの。」


「……なら、良いけど。」


プイっと顔を背けられるから、確実に怒っているのだろうが、謝る時間よりも寝る時間の方が大切な自分は、ちょっと後ろめたく感じながらも、寝台に潜った。






***






食器を洗い終えたエルは、寝室のドアを開けた。

すると、やはりアレクは気持ちよさそうに寝ている。


「アーちゃん……」


そっと頭を撫でても、起きる気配はない。


「エルの事、そんなに信じられない?」

 

アレクは気づかれていないと思っている様だが、彼は確実にエルを警戒していた。

一挙一動を、見ているのだ。


食材を調達したり、湯を沸かしたりしてもアレクは、信頼の"し"の字も置いてくれない。

だけど、突然現れた存在に警戒するのは当たり前のことだから、ゆっくり関係は築いていけば良い。


それよりも、エルが気にしている事は、他にあった。

今は18歳らしく年相応のあどけない表情で眠っているが、ふとした瞬間にアレクは酷く大人びた顔をする。

何もかもに憔悴しきって、諦めた様な瞳をするのだ。


その瞳は、生き続けることに憔悴しきり自殺してしまう銀狐達にとても似ている。

だが、アレクには今のところ自殺する願望は見られない。


むしろ、怠惰のかぎりを尽くすばかりである。


まだ、アレクが何者なのか分からないが、きっと只者ではない。

なにか、重大な秘密があるはずだ。そして、それがどんな秘密であれ、エルは彼の側にいる。


彼が一人きりになってしまわぬ様に、共に居てあげるのだ。




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